第九十七話 場違いな、あまりに場違いな
その店「ヴィーナス」は、煌びやかな高級店ではなく、どちらかといえば庶民的な雰囲気のスナック寄り。
店内はくすんだ赤い絨毯に、古びた木目のカウンター、壁にはくたびれたシャンデリアと、どこか場末感の漂う空間だった。
照明は少し暗めで、座席は柔らかいベロア張りのソファ。長年の使用感があり、やや沈み込むような座り心地だ。
出迎えたムッチリピチピチ店員がガンテツを見ると、
「……え?ガンちゃん!?」
と、目を丸くした。
「モモカか!」
「ヤバい…超ビックリなんだけど!」
「ちょいと放浪しとってな。昨日帰って来たのじゃ。」
そう言いながら、ガンテツはモモカの全身を舐めるように見つめ、ニヤリと笑った。
「モモカよ、随分と育ったの〜〜。ムッフッフ。」
「……ゴホン」
クリスは咳払いをする。
((……あ〜、最悪。帰りたい))
アリシアとバーバラは目を逸らし、ため息をつく。
「なんだここは?メシ食えんのかよ?」
ムサシがぼそっと呟く。
モモカは、ムサシを見た瞬間、瞳を輝かせ、誘うような笑みを浮かべる。
「ええ、焼きそばか炒飯でしたらできますよ、お兄さん」
「そうか。なら良いが」
モモカの嬌態を見ていたバーバラからは、早くも殺気が立ち始めていた。
(まあいいわ。いつでも殺せるし。今はダーリンに刀を打ってくれた人の顔を立てないと)
モモカに案内され、一行は長方形のテーブルの前に並んだソファに腰を下ろした。
左側のソファには、ガンテツ、クリス、アリシア。
右側にはムサシとバーバラが並ぶ。
「サヨはおらんのか?」
ガンテツが尋ねると、モモカは笑みを浮かべた。
「もうすぐ来ると思うわよ。サヨさん、多分腰抜かすんじゃないかしら……ガンちゃんのボトルまだ取ってあるから、持ってくるわね」
「ボトル……とは?」
クリスが首を傾げる。
「なんじゃ、クリス君はこういう店は初めてか?まあ、そうじゃろうな。はっはっは!ボトルというのは、前回飲み切らなかった酒のボトルのことじゃよ。持って帰らずに店に置いておくのじゃ。常連は皆そうするのじゃ」
「……なるほど」
アリシアは、クリスを見つめながら微笑む。
(うんうん。私のクリスはこういう店とは無縁の高潔な男なの。知らなくて当然よ)
そこへ、モモカがガンテツのボトルを持ち、もう一人の細身で小綺麗な若い女が水と氷とグラスのセットをお盆に乗せて運んできた。
「アリスです。失礼しまーす」
ガンテツとクリスの間に座るアリス。
アリシアの目が鋭く光る。
「失礼しまーす」
モモカがムサシとバーバラの間に座ろうとした、その瞬間。
「悪りぃが、ここには座るな。こっちに座れ」
ムサシが冷静に、バーバラのいない方を指した。
「えっ?……あ、はい。すみません」
(は?何なの?ここデキてんの?うざっ)
バーバラは勝ち誇った乙女の顔でムサシの左腕にピッタリと寄り添う。
(ダーリン……大好きぃ……チューしたいよぉ……)
アリシアは思わずムサシを賞賛したい気持ちを抑えつつ、隣のクリスの沈んだ表情に気づく。
「……クリス?大丈夫?」
クリスはガンテツに聞こえないよう、小声で呟いた。
「……なんだか、疲れますね。きっとこのお店は、僕らのような想い合う男女が来るべきところではない……。お店の方も、きっとやりづらいでしょう。ガンテツさんの顔を立てるためにも、一緒に楽しみたいところではありますが、それがなかなか難しい……」
その言葉に、アリシアは胸を打たれ、そっとクリスに寄り添った。
「クリス……あなたは本当に素敵な人。いつも人の立場に立って、思いやりを持って物事を考えてる。そういうところが、大好きなの……いいえ、そういうところ”も”、大好きなの……」
「アリシア様……僕も……アリシア様の全てが……愛おしい……」
二人は無意識のうちに額を寄せ、手を握り合っていた。
その様子を見たアリスは、心の中でぼやいた。
(あっはは……何なのこれ……早く帰ってヤッてなさいよ)
その間、ガンテツは若い女二人に取り囲まれて酒を煽っていたが、酔いが回るにつれ、どこか虚しさが胸に湧き上がり、やがて——
「もう、良い。帰る!!」
ぶんむくれてしまった。
(はっ!!しまった!!!)
クリスは、自分がアリシアと鼻と鼻を当てながら話していたことに気づき、慌てて詫びようとした、その瞬間──
バサッ。
ソファの横で袋の落ちる音が響いた。
そこには、中年の美しい、どこか貫禄のある女性が立っていた。
唖然とした表情を浮かべ、固まっている。
「ガン……テツ?」
「………サヨ!遅いではないか!もう帰るところじゃ」
ガンテツが立ち上がろうとしたその瞬間──
バチンッ!!
サヨが、ガンテツの頬を勢いよく打った。




