第九十五話 刀鍛冶の背中
——翌朝。
セイバルの里の宿屋の一室に、朝日が差し込む。
アリシアは更衣室にて、白地に花柄の下着を身に着け、シルドーニャでクリスからプレゼントされた白いクローバー型のネックレスを首にかけた。
(これを貰ったあの日から、クリスを意識しちゃうようになったんだっけ……)
クリスは、部屋の隅で朝の祈りを捧げていた。
(主よ……。
アリシア様との新たなる関係性での旅が始まります。
世界を救う使命を持つ人間の一人として、これは正しいあり方ではないのかもしれません。
しかし、世界にどう映ろうとも——
僕のあなたへの信仰は、何も変わりはしない。
そして、僕は彼女を——愛し続けます。
どうか、これからも——我らを導きたまえ)
ムサシは、これまで以上に気合の入った筋トレをしていた。
「ふぅ……ふぅ……!」
そんなムサシを、マホテインを手に持ちながら、愛に満ちた眼差しで見つめるバーバラ。
筋トレが終わると、マホテインを差し出した。
「サンキュー」
とムサシが受け取ろうとすると、ひょいっと手を引っ込める。
「ん?なんだ?」
ムサシが首をかしげると、バーバラはいたずらっぽい笑顔で、
「飲みたいならこっちにおいで〜」
と、奥のキッチンスペースへと向かう。
「なんだよ」
とムサシがついていくと、バーバラは抱きつき、
「マホテインの前にぃ……」
と唇を寄せる。
ムサシはその唇にキスを重ねた。
「……大好き」
「……おう」
「『おう?』ちゃんと言ってよ。じゃないとあげませーん」
「は、恥ずかしいだろが……」
「ふーん」
「わ、わかったよ!……す、好きだ」
バーバラはにっこりと笑い、
「はい、どーぞ」
とマホテインを渡した。
ムサシは一気に飲み干し、シェイカーをシンクに投げ、再びバーバラにキスをした。
(……あぁ……好きぃ………。てか、マホテインて、こんな味なんだ)
その頃、着替えを終えたアリシアは、ムサシとバーバラが隠れてイチャついていることを察し、祈るクリスの背中に抱きついた。
「おはよう。クリス」
「お、おはようございます。アリシア様」
クリスは顔を真っ赤にする。
アリシアは耳元で、
「ムサシとバーバラ、あっち行ってるみたい」
と囁く。
その瞬間、クリスは振り返り、アリシアにキスをした。
「もっと……して」
アリシアが上目遣いで囁くと、クリスはたまらずもう一度。
すると、
「おーい。そろそろ行くよー。忘れ物はないですかー?クリス先生ー?」
とバーバラの声が響く。
「きゃっ!」
「わっ!」
二人は慌てて離れ、顔を真っ赤にした。
「ちょっと!バーバラ!!」
「バーバラさん!!」
「ごめんごめん!てへっ」
「可愛い顔したって無駄よ。明日仕返ししてやるんだから!」
「ごめんてば〜!」
こうして、朝から呆れるほどのイチャつきぶりの勇者一行は、宿を後にし、ガンテツの家へと向かった。
*
言われていた通り、玄関の鍵は開いていた。
「確か、すぐの階段を降りるって言ってたわよね。あの階段のことよね、きっと」
アリシアが前方の階段を指した。
「はい。行きましょう」
クリスが頷く。
一行は階段を降りていった。降りるにつれ──
カン!カン!!カン!!!
刀を打つ音が、階段の奥から地鳴りのように響いてくる。熱気と鉄の匂いが、鼻をつき、肌をじっとりと湿らせた。
階段を下りきると、そこには工房の広間が広がっていた。
中央に据えられた真っ赤な炉の光が、天井の梁や石壁に揺らめく影を投げかける。その炉の隣、金床の前に、ひとりの男の背中があった。
──カン!!!カン!!!カン!!!
分厚い背筋と、無骨な腕が、重い槌を振り下ろし、熱した鉄を打つ。
赤々と輝く刀身が火花を散らし、工房全体に火花の雨を降らせる。
その背中が、全てを語っていた。
刀鍛冶に全てを賭けてきた男が、今、この瞬間もただ刀と向き合っている。
「この刀で、次こそは大魔王を斬ってくれ!」
ムサシは、その揺るがぬ背中から、無言の声を聞き取った。
沈黙の中、ムサシは拳を強く握りしめた。
四人それぞれが、昨夜からの甘いムードを思い返し、今一度気を引き締める必要性を感じていた。
恋愛は、悪いことではない。
しかし、自分たちは世界を救うために旅をしているのだ。
多くの人から助けを借り、背中を押されながら。
油断など、許されるはずがない。
「みんな。絶対に倒すわよ。大魔王」
「はい!」
「おう!」
「うん!」
その声に、ガンテツが気づき、振り返る。
「なんじゃ、おったのか。まだ、しばらくかかるぞ」
一行はただ頷いた。
ガンテツは四人の目を見て、微笑し、作業に戻った。
一行はその後も、偉大なる刀鍛冶の背中を、刀が完成するまで目に焼きつけ続けた。




