第九十三話 焦がれた女、焦がした男
小川にかかる橋の上で、勇者と僧侶が夜風に吹かれながら熱いキスを交わしているその頃……
お好み焼き屋「惚れてまうや郎」では──
「アリシアちゃん、大丈夫ですかね……?」
「どうだろうな。ま、クリスがついてるから大丈夫だろ」
「そうですよね……。一応、二人の分は取っておいて、持ち帰りさせてもらいますね!」
バーバラの優しさは、今に始まったことではなかった。
しかし、恋心が固まった今のムサシには、その当たり前が何倍も尊く見えた。
「バーバラ、次は俺に焼かせてくれ」
「いえ!大丈夫ですよー!」
「いや、焼かせてくれ。……お前に、焼きたいんだ」
「……え……は、はい……」
顔を真っ赤にして頷くバーバラ。
ムサシは、不器用ながらも一生懸命に餅明太チーズ玉を焼く。
焼けたお好み焼きをコテで四等分にし、たっぷりのソース、マヨネーズ、鰹節をふりかけ、バーバラの皿に取り分けた。
「ありがとうございます……いただきます」
男らしい、けれど温かい味だった。
美味しかった。
でも、それ以上に幸せだった。
幸せを噛み締めながら、ムサシのどこかぎこちない様子に、胸の鼓動は高鳴るばかり。
「……ど、どうだ?上手く焼けてるか?」
ムサシが恐る恐る尋ねる。
「……美味しいです。今まで食べた、どのお好み焼きよりも」
バーバラは神に感謝するように、輝く笑顔で答えた。
ムサシの心は決まった。
「……バーバラ。俺は、酒に強い。こんなビール一杯くらいじゃ酔わねぇ。わかるな?」
「えっ?は、はい……」
(え?どういうこと?)
「だから……今から言うことは、酔っ払った勢いじゃねぇってことだ。信じてくれ」
ドクンドクンドクンドクン……
バーバラの心臓の鼓動が高鳴る。
「バーバラ。俺は………お前のことが、好きだ」
ジュ〜………
鉄板の上で、お好み焼きが音を立てる。
バーバラは、頭が真っ白になった。
この世で一番愛する人からの、夢にも思わなかった告白。
言葉は出てこなかった。
涙だけが、とめどなくあふれ出した。
ムサシは無言で見守る。
ジュ〜……
鉄板から、焦げた匂いが立ちこめる。
「あ……しまった!!」
ムサシが慌ててお好み焼きを取ると、片面が丸焦げだった。
「悪りぃ……焦がしちまった……」
バーバラは涙を流しながら吹き出し、
「いえ、もう……"お腹いっぱい"です」
と、そして小さな声で言った。
「ムサシさん……今のお話の続きは、外でしても良いですか……?」
「お、おう……もちろんだ」
二人は会計を済ませ、アリシアとクリスの分のお好み焼きを包んでもらい、店を後にした。
*
夜風が心地よく吹く中、二人は無言のまま宿に向かって歩いた。
「……」
「……」
やがて、小川にかかる橋の上で、
「……ムサシさん……」
バーバラは後ろからムサシを抱きしめた。
「……」
ドクンドクンドクン……
ムサシの心臓が激しく脈打つ。
「……大好きです。ずっと」
——ムサシは振り返り、バーバラをそっと抱きしめ、唇を重ねた。
数秒後、唇が離れる。
しかしその数秒は、二人にとって永遠のようで、一瞬のようでもあった。
夜風に吹かれ、目を見つめ合う二人。
「……こんなの……幸せすぎて……死んじゃいます……」
「死ぬなんて、許すわけねぇだろ……」
ムサシはバーバラを強く抱きしめ、再びキスをした。
離れては触れ、離れては触れを繰り返し——
繰り返す毎に、それは深くなっていった。
満月の下、橋の上で結ばれた大きな男と小さな女の影は、しばらく離れることはなかった。




