第九十二話 橋の上で、橋を渡る
(……やべぇ……結婚してぇ………!)
バーバラの恋が、ついに実ろうとしていた。
ムサシはお好み焼きを食べながら、今日のバーバラの振る舞いを思い返していた。
自分に強い刀を持ってほしい一心で、恥も厭わずガンテツの下心を満たそうとした、洞窟での姿。
あの時、自分の心に湧き上がった感情──
「バーバラのパンツは誰にも見せたくねぇ!」
今思えば、それは、彼女が他の誰とも違う存在だと、自分の心が証明していたのかもしれない。
その後も、ガンテツに謝ろうとしたあの必死さ。
ガンテツが頭を下げに来た時、涙を流して感謝を述べたあの姿。
鈍感なムサシでも、響かないはずがなかった。
今日だけじゃない。
思えば、シルドーニャで出会った時からずっとだった。
筋トレの効果を高めるためと言って、自分をマホテインの店に連れて行き、翌日から毎朝自分のために作ってくれる献身。
戦闘中も、恐るべき攻撃魔法を放つ前に、必ず自分のための支援魔法を先に使ってくれた。
いつも隣にいて、笑顔で、自分を褒め、応援し、尽くしてくれた。
そして今、手際よくお好み焼きを焼いて取り分ける、王女とは思えない家庭的な姿。
「うめぇ……」と自分が言った時の、心の底から嬉しそうな、眩しい笑顔。
ムサシは、生まれて初めて、一人の女性を心から愛おしいと思った。
「バーバラ。本当に……いつも、ありがとな」
その目には、確かな愛が宿っていた。
「い、いえ!そんな……」
(ヤバい、泣きそう…!)」
バーバラは声を震わせながら、
「はい、アリシアちゃんとクリスくんもどーぞ!」
とお好み焼きを取り分けた。
「ありがとう!いただきます!」
アリシアが笑顔で言った。
「ありがとうございます」
クリスも穏やかに応じた。
「……うん……本当に美味しい……」
だが、アリシアの胸には、先のクリスとの衝突が重くのしかかっていた。
価値観の違い自体は、仕方がない。
だが、あの時の——射抜くようなクリスの目が、忘れられなかった。
クリスへの恋心は、疑いようがなかった。
クリスからの好意も、感じていた。
しかし、あの時の彼の目は、間違いなく聖職者としての厳しい目だった。
そんなクリスが、ガンテツと対話し、心を和らげ、全てを解決させた。
自分なんかじゃ、彼に釣り合わないんじゃないか──
そう思えて、たまらなかった。
そして今、目の前で、ムサシとバーバラの間に見えた、確かな想い合い。
アリシアはお好み焼きを味わいながら、涙を堪えられなくなった。
「え、アリシアちゃん?どうしたの……?」
バーバラが心配そうに声をかける。
「……ごめん、ちょっと、体調悪いみたい。先に宿に戻るね!」
アリシアは席を立ち、店を飛び出した。
「……っ!アリシア様!」
クリスが即座に立ち上がり、後を追った。
「お、おい!」
「ど、どうしましょう……」
「仕方ねぇ……二人で全部食うぞ!」
「え!?は、はい!」
(まあ、クリスくんがついて行ったから大丈夫だよね!てか、ムサシさんと二人でお好み焼きなんて……夫婦みたい……って、喜んじゃダメダメ!アリシアちゃん、お大事に!)
*
夜風の吹く里、小川にかかる橋の上。
クリスはアリシアに追いつき、そっと腕を掴んだ。
「アリシア様!お待ちください!」
「……一人で大丈夫だから、戻って食べててよ」
「体調の悪い人がこんなに早く走れるとは思えません。ちゃんと話してくれませんか?」
「……クリスには関係ない」
「……関係あります」
「関係ないって言──」
「僕はアリシア様が好きだ!!」
———風が吹き抜け、アリシアの赤い頬を涙が伝った。
「………え?」
クリスは顔を赤くしながら、それでもまっすぐ言葉を紡いだ。
「……僕は、アリシア様のことが……好きです。人としてでも、仲間としてでもなく……一人の女性として、好きなのです……」
アリシアは呆然としながらも、目を潤ませた。
「だから……さっきの自分の態度を……悔いているんだ!!せっかくバーバラさんが焼いてくれたお好み焼きの味もしないくらいに!アリシア様、本当に──」
アリシアの唇が、クリスの唇にそっと触れた。
そして——
「……私だって……私だって……クリスのこと………大好きなんだから!!」
———理性も信仰も、この瞬間だけは、どこかへ行った。
「……アリシア様……!」
クリスは、生まれて初めて、本能のままに、一人の女性を強く抱きしめた。
アリシアも抱き返し、クリスの胸に顔を埋めて泣きながら言った。
「……怖かった……グスっ……嫌われたんじゃないかって……私はクリスと釣り合わないんだって……」
「……そんなわけ……そんなわけないじゃないですか。むしろ、僕の方がずっと……今だって、釣り合わないと思ってますよ」
アリシアは涙を拭い、優しい乙女の目でクリスを見つめた。
「そんなわけないでしょ……ねえ、クリス。もう、あんな目で見ないでよね……覚醒中のあなたより、よっぽど怖かったんだから……」
クリスも、愛のこもった優しい目で見つめ返した。
「はい……もう二度と」
そう言うと、クリスはアリシアに口づけをした。
今度は、
二人の唇はなかなか離れず、
抱擁はますます強く、
口づけはますます深くなっていった——。




