第九十一話 剣士、落ちる
日が沈みかける頃、一行は、山地に囲まれた里にたどり着いた。
ここは、ガンテツの住まいがある「セイバルの里」。
里は盆地の中央に広がるようにひっそりと存在し、木造の家屋がいくつも立ち並ぶ。
山肌から流れ込む清流が村を潤し、田畑には作物が育ち、炊事の煙がのぼる素朴な風景が広がっていた。
夕暮れの赤い光に包まれた里は、静謐な雰囲気を漂わせている。
「ここが……」
アリシアが呟く。
「うむ。セイバルの里じゃ。何年経ったか知らんが、変わらんのぉ」
ガンテツは感慨深げに言った。
「……すまぬが……わしのこと、見えぬように隠しながら、家まで行ってくれんかの?わし、チビじゃから、四方から囲めば見えないじゃろ」
「はぁ?なんでそんなめんどーなことすんだよ」
ムサシが呆れる。
「わしは、ある日突然失踪したのじゃ。この里では人気者じゃから、見つかったら騒ぎになるし、怒られそうじゃ。その方が面倒じゃろ?」
「なるほど……お気遣い頂き、ありがとうございます」
クリスが微笑む。
「うむ。刀を打ち終えたら、皆にも姿を見せるつもりじゃ。頼んだぞ。家はあそこじゃ」
ガンテツが山肌に面した大きな家屋を指さす。
「それなら、私の鞄に入っててください!その方が楽ですから」
バーバラが魔法の鞄を開ける。
「な、なんじゃ〜〜!?」
ガンテツは訳も分からず吸い込まれていく。
「バーバラ、それは流石にいきなりすぎて、心臓に悪そうよ……」
アリシアが苦笑い。
「あ、そう?ごめんごめん!」
(あれ、アリシアちゃん、なんかちょっと元気ない?)
クリスはアリシアを見つめ、無言で思案していた。
「ま、とにかくさっさとおっさん降ろして、メシでも食いに行こうぜ。腹減った」
「はい!行きましょう!」
一行はガンテツの家へ向かった。
*
「このお家よね。大きい……」
「刀鍛冶として成功した証ですね」
「……ほう」
王国の城が実家のバーバラだけは無関心で、
「さてと…出なさい!ガンテツさん!」
と、魔法の鞄に唱える。
「にょおお〜〜〜!」
と叫びながら、禿頭のオヤジが飛び出した。
「おい小娘!心臓止まるかと思ったじゃろが!」
「ごめんなさい!てへっ」
「ぐぬぬ………まあ、良い」
バーバラの嬌態にあっさりとやられるガンテツ。
「では、わしは地下工房に籠る。明日の夕方には刀を仕上げる。玄関の鍵は開けておくから、勝手にせい」
「なあ、明日の朝から見に来て良いか?」
ムサシが尋ねる。
「あ?別に構わんが」
「……おう。んじゃ、よろしく頼む」
「おう。任せておけ」
「よろしくお願いします!」
三人も頭を下げた。
ガンテツは玄関脇の古びた木戸を開けて、石造りの階段を降りていった。
地下へと降りるにつれて、ひんやりとした空気と鉄と油の混じる独特の匂いが鼻を突いた。やがて、石畳の床と厚い梁が組まれた天井のある広々とした工房へとたどり着く。
工房の中央には、巨大な炉が鎮座し、鉄を打つための金床や大小様々なハンマーなどか整然と並んでいた。壁には、使い込まれた道具類や刃物の試作品が鈍く光り、床には木製の作業台や鉄くずが散らばっている。天井から吊るされたランタンが淡い光を投げ、赤黒く煤けた石壁に揺らめく影を映した。
出て行く前と変わらぬ重厚な空間が、地下にひっそりと息づいていた。
「やはり……ここはええのぉ!!」
ガンテツは鍛冶の準備を始めていった。
*
「じゃあ、ご飯行きましょー!」
バーバラが明るく声を上げた。
「そうね。どんなお店があるか見て回りましょう」
(やっぱり、なんかアリシアちゃん元気ない…)
クリスは、アリシアと二人で話せる機会を作れないかと考えていた。
「最初に見つけた店にしようぜ。もう腹減って死にそうだ」
ムサシの提案通り、一行は最初に見つけた店、
お好み焼き専科「惚れてまうや郎」の暖簾をくぐった。
「いらっしゃいませ!こちらへどうぞ!」
若い女性店員が声をかける。
四人は鉄板付きのテーブル席に座り、品書きを見る。
「沢山あるね!ムサシさん、どれが良いですか?」
「全部食おうぜ」
「オッケーでーす!すみませーん!」
バーバラは店員を呼び、全種類のお好み焼きとビール三杯、クリスの水を注文。
ビールと水で乾杯し、お好み焼きのタネが次々と運ばれる。
「私焼きまーす!」
バーバラが手際よく焼き始める。
「ありがとう!バーバラ」
「ありがとうございます、バーバラさん、お上手ですね」
「いえいえー!じゃあ、一番お腹空いてるムサシさんから、ど〜ぞ」
ムサシの皿に焼けた豚玉を取り分けるバーバラ。
「悪りぃな、バーバラ!!」
と一口食べた瞬間、ムサシの表情が変わる。
「……うめぇ……」
心底感激している様子だった。
「良かったぁ!!」
バーバラはキラキラした笑顔を見せる。
その瞬間、ムサシの心の声が響いた。
(……やべぇ……結婚してぇ………!)




