第九十話 僧侶の傾聴
ムサシはガンテツを追い、風吹く道を進むと、やがて天井が外へと開けた空間へと入った。
その空間の奥の壁面には、澄み渡る空のように青く輝く鉱石──"オリハルコン"が、まばらに埋まっていた。
そして、その前には——
ガン!!ガン!!
と、つるはしでオリハルコンを採掘する禿頭の後ろ姿があった。
「………おい、おっさん、俺がやるから代われよ」
ムサシの声も虚しく、ガンテツはムスっとした顔で無言のまま、
ガン!!ガン!!
と採掘を続ける。
「おい!代わるって言ってんだろうが!!」
「うるさい!黙れ!もう口も聞きたくないわ!……刀は打ってやる。男に二言はねぇ。だが、お主とはそれだけじゃ!!」
ガンテツは、先ほどの一件で完全にヘソを曲げていた。
「………わかったよ」
ムサシはため息をつき、無言で見守る。
やがて、採掘が終わり、二人は風吹く道を無言のまま戻っていった。
「おかえりなさい!」
とアリシアが明るい声をかけるが、ガンテツは無言のままズカズカと出口へ向かって歩いていく。
「……やっぱり、怒ってる?」
バーバラが心配そうに言う。
「気にするな。打ってはくれるみてぇだから、ついていこうぜ」
ムサシが淡々と言い、四人は気まずさを抱えつつ洞窟を出た。
*
山沿いを東へ進む一行。
ガンテツは相変わらず無言で前方をズカズカ進む。
「やっぱり……謝ってくる!流石に"変態オヤジ"は言いすぎたと思うし……」
バーバラが決意を見せた。
「お待ちください」
クリスがそっと制した。
「バーバラさん、あなたは決して悪いことはしていませんし、ここで無闇に謝ることは、かえってガンテツさんの自尊心を刺激するだけです」
「スカートの中覗きたいオヤジの自尊心なんて……」
アリシアがぽつりと呟く。
「アリシア様」
クリスは静かに、しかし真剣に言葉を続けた。
「ガンテツさんの行いは、確かに卑しかった。女性の尊厳を軽んじていた。ですが……先ほどの様子からして、その背後には、孤独や、外見に対するコンプレックス、恋愛経験の少なさなど、抱えきれない痛みがあったのではないでしょうか」
アリシアは、思わず目を見開いた。
「……そんなの、みんな何かしら抱えてるわ!それでもみんな、自分を律してるの!」
「"みんな"とは、誰のことですか?」
クリスの視線が、アリシアを射抜いた。
「みんなは……みんなよ……」
(何よ……そんな目で……そんな目で見ないでよ、クリス……!)
アリシアの心が揺れた。
「……」
ムサシとバーバラは、沈黙を続けた。
「アリシア様」
クリスは静かに言った。
「きっと、僕たちが大魔王を倒して世界を救っても……ガンテツさんのような苦しみを持つ人たちは、結局誰一人救えないでしょう」
「クリス……!」
(なんで……なんでそんなこと言うのよ……)
アリシアの目に涙が滲む。
「……俺にはよくわからん。」
ムサシが小声で言った。
(……クリスくん、どうするつもりなの……)
バーバラは胸を押さえた。
クリスは歩を進め、ガンテツに声をかけた。
「ガンテツさん。少し、お話しできませんか?」
その優しい声に、ガンテツは立ち止まった。
「……なんじゃよ」
「先ほどは、僕たちの態度でお気を悪くさせてしまったかもしれませんね……それでも、ムサシさんの刀を打ってくださるのですか?」
「……ああ。悔しいが、コジーロの息子は本物じゃ。わしの本気の刀を持つに相応しい男じゃ。男に二言はない」
「……そうですか。ありがとうございます。……ガンテツさんは、なぜ刀鍛冶に?」
「……モテたかったからじゃ」
「……やっぱり、モテたいですよね」
「当たり前じゃ!見た目じゃ無理じゃから、得意なことで勝負したんじゃ!」
「素晴らしいですね……心から尊敬します」
「……じゃが、どれだけ良い刀を打っても、どれだけ職人として名声を得ても、結局誰もわしを男として愛してはくれんかった……こんなチビでハゲで不細工に惚れる女なんぞ、おらんのじゃ」
「……ガンテツさん、それは……」
「それで、情けない話じゃが……年々苦しくなっていったのじゃ、家で一人で眠りにつくのも、一人で起きるのもな。
"刀を打って喜んでもらえるだけで幸せ"というわけにもいかなくなってのぉ」
クリスは、胸が締めつけられる思いだった。
「……じゃが、やり残したことはある。じゃから、"その日"が来るまで、あそこで封印してもらうことにしたのじゃよ。そして今日が、"その日"だったというわけじゃ」
「……そういうこと、だったのですね……」
ガンテツは頷き、
「ちゃんと打つから、安心せいよ」
と、優しく言った。
クリスは心を打たれ、叫んだ。
「女性にモテるかどうかなど……つまらぬ話だ!あなたは、偉大な刀鍛冶であり、尊い人間だ!あなたに惚れない女性がいるなら、それはあなたの高さに女性たちが釣り合わないだけだ!!」
ガンテツは驚き、そして破顔した。
「そ、そうかの!?そうかもしれんな!!わっはっは!!」
クリスは毅然と頷く。
「……お主、名前は?」
「クリスと申します。」
「クリス君……ありがとな。君は、優しいのぉ」
「本心を伝えただけです」
ガンテツは立ち止まり、
「先ほどは、すまなかった……君の大切な仲間である女性を、軽く見てしまった。わしの方から謝らせておくれ」
そう言うと、後ろの三人の方へ向かい、深々と頭を下げた。
「……すまなかった!……卑しく、軽率じゃった!じゃが、刀への想いは本当じゃ!どうか、こんな変態オヤジのわしじゃが、打たせてもらえんかのぉ!」
一行は驚き、そして──
「そんな、頭を上げてください!私が言い過ぎました……本当にごめんなさい!ムサシさんの刀、お願いします!」
バーバラは涙ぐみ、声を震わせた。
「……俺は謝らねぇ」
ムサシが口を開く。
「だが、ありがとな、おっさん。よろしく頼む」
アリシアは、喜びたかったが——
胸が苦しかった。
(……クリスは、本当にすごい人だなぁ……私なんかじゃ、釣り合わないのかも……)




