第九話 農村コジーロ
朝日がリンドバーグの街を金色に染める中、アリシアとクリスは宿を後にした。
今日もアリシアは、選び抜いた下着を身につけて、クリスと共に歩みだす。
「待ってなさいムサシ! 絶対に仲間にしてやるんだから!」
アリシアは拳を握り、意気込んだ。
「……あまり気負いすぎないように、アリシア様。押しが強すぎると逃げられるかもしれませんよ。」
クリスはやれやれと微笑む。
空はどこまでも晴れ渡り、二人の行く手を祝福しているかのようだった。
目的地である農村コジーロと、目当ての剣士ムサシの居場所が一致するという奇跡に、二人は感謝しつつ進んでいく。
「しかし冷静に考えてみると、当初予定していた盾役も兼ねた戦士というのとは、ムサシさんは少し違うような気もしてきましたが」
とクリス。
「攻撃は最大の防御って言うじゃない。あれほどの火力なら、私が盾役を兼ねて彼が攻撃に専念すれば良いのよ!」
アリシアは胸を張った。
「……アリシア様が盾役、ですか……それなら、僕はアリシア様を癒すことに専念致します。」
とクリスは大真面目に言った。
「それは極端!」
アリシアは笑った。
「みんなで生き残ること、貴方はそれを最優先にし続けて。」
「……精進いたします。」
旅路の途中、魔物たちを軽やかに蹴散らしつつ、二人は昼頃には農村コジーロに到着した。
*
村は貧しいながらも活気に満ち、
大人たちは懸命に働き、子どもたちは元気いっぱいに遊んでいる。
「着きましたね、アリシア様。」
「うん! ムサシを仲間にして、モーゼフ様の知り合いの村長さんも訪ねましょ!」
アリシアは拳を握り、元気よく宣言した。
クリスも穏やかな微笑みを浮かべる。
目的地の農村コジーロに到着した二人は、村の入り口に立っていた村民に声をかけた。
「こんにちは、旅のお方。こんな村ですが、ゆっくりしていってくださいな」
「こんにちは! あの、ムサシさんという剣士を探しているんですが──」
「ああ、ムサシなら村の奥、村長んとこにいると思うよ」
「えっ!? ムサシさんが村長さんのお家に!? わかりました!ありがとうございます!」
アリシアはぱっと顔を輝かせると、すぐ隣のクリスに向き直り、興奮気味に叫んだ。
「凄いよクリス! ムサシさんが村長さんの家にいるみたい! こんなことってあるんだね!」
クリスも静かに頷き、柔らかく答える。
「ええ。これは紛れもなく──神のお導きに違いありません」
偶然の幸運に感謝しつつ、二人は村の奥へと足を進めた。
*
やがて、立派とは言えないが、どこか威厳を感じさせる一軒の家の前にたどり着く。
アリシアが元気よく声を張った。
「ごめんくださーい!」
戸を開けて現れたのは──渋みを帯びた老剣士の男だった。
「ほう、どちらさまかな?」
「勇者アリシアと申します! ムサシさんを仲間にしたくて……!」
「おお、勇者様とは……それは光栄だ。ムサシなら裏庭にいる。行っておいで」
「ありがとうございます!」
アリシアが深々と頭を下げる傍らで、クリスも静かに一礼した。
(このお方が……村長……?)
裏庭へと回ると、
木刀の打ち合う激しい音が耳に飛び込んできた。
「うわぁっ!……くそっ!」
そこには、目当ての剣士ムサシと、果敢に木刀を振るう少年の姿があった。
少年は短めの黒髪を逆立て、引き締まった体躯に袴と羽織をまとっていた。木刀を両手で握りしめ、真剣な眼差しをムサシに向けている。
彼の名はーーリョーマ。ムサシの弟である。
「甘い。もっと脇を締めろ!」
「も、もう一回だ!」
そのやり取りの中、ムサシがこちらに気づく。
きらきらした目のアリシアと、にこやかな僧侶クリスを見て、
ムサシは小さく苦笑した。
「……マジで来やがったか。」
と、ぼそりと呟いた。
*
やがて、村の中央広場へ。
アリシアは子供たちと元気に遊び、
クリスとムサシは少し離れたところからそれを眺めていた。
「ムサシさんが村長様のご子息でしたとは……驚きました」
「……ああ。そもそも親父に用があって来たんだろ?」
「はい。アリエヘンを旅立つ時、父が『まずはコジーロ村の村長を訪ねなさい』と助言してくれたのです」
「へぇ……あの親父に、そんな遠くの街に知り合いがいるとはな。知らなかったぜ」
ムサシは意外そうに言った。
そのとき、アリシアと遊んでいた子供たちのもとに、大人の村人が通りかかる。
「お、今日はお姉さんと遊んでもらってるのか! よかったなぁ! お姉さん、ゆっくりしてってくださいね!」
「はい! ありがとうございます!」
アリシアはにっこりと笑い、手を振った。
それを見ていたクリスは、静かに口を開く。
「それにしても……本当に良い村ですね」
「そう思うか?」
「ええ。村人皆さんが、お互いを思いやり、手を取り合いながら懸命に生きている……。物質的な豊かさとは違う、心の豊かさのようなものを感じます」
「……そうか。まあ、そうだな」
ムサシは口元にわずかな笑みを浮かべた。
「いい村だ。俺はこいつら全員に幸せになってほしい。そのために、守らなきゃならねぇ」
クリスはその横顔を見つめながら、そっと頷いた。
「大魔王が復活したんだろ? 最近明らかに魔物が活発になってきやがる。もし強い魔物が襲いにでも来た時、守れるのは俺しかいない。だから、そういうことだ。悪いな。」
「……まあ、それは……僕でもそうするかもしれませんね。」
その時だった。
子どもの一人が、元気よくアリシアのスカートをぺらりと捲った!
「きゃあっ!」
陽光の下で明かされる、今日のアリシアの選択は──紫色だった。
「すげえ!!」
子供たちが歓声を上げた。
「こらーっ!!」
真っ赤になってアリシアが怒鳴る。
「……ほぅ、勇者様は見た目によらず、なかなかエロいパンティだな、おい。」
ムサシがニヤニヤしながら言う。
──そして、その瞬間。
クリスの様子が一変した。
髪の根元が黒く染まり、
周囲にぴりぴりとした空気が漂い始める。
「おい……大丈夫か?」
「……あっ……あぁっ……」
「おい! どうした!?」
ムサシが焦りながら肩を揺さぶっていると、
クリスはふいに、何事もなかったかのように正気に戻った。
「どうかしましたか?」
「どうかしましたかって……大丈夫なのか?」
「何がです?」
「……いや、なんでもねぇよ。たぶんな。」
(いや、絶対なんかあったろ……)
ムサシはクリスを一瞥し、眉をひそめたが、すぐに気を取り直した。
「……アリシア様にも、諦めてもらうしかなさそうですね。」
クリスは静かに呟き、歩き出そうとする。
──だがその時。
空が、暗転した。
「アリシア様!」
「みんな、隠れて!」
子供たちは一斉に逃げ、ムサシは刀を抜き、クリスはアリシアの元へと駆け寄る。
上空から、禍々しい魔物が降臨する。
四魔王の一角──ドスコムーア
「なんだ、ありゃあ……!」