第八十九話 オヤジの正体
宝箱の中でスヤスヤと眠る、薄汚いオヤジを呆然と見つめる勇者一行。
「……誰?」
アリシアがぽつりと呟く。
「……さあ」
クリスも首を傾げた。
「妖精さん、とかじゃなさそうだよね……」
バーバラが苦笑交じりに呟く。
ムサシは無言で鞘の先をオヤジの頬に突っつく。
「……い……」
オヤジの口がわずかに動く。
「お」
ムサシはさらに鞘をぐいぐい押し込む。
アリシアとバーバラは、滑稽極まりないオヤジの顔を見ながら、必死に笑いを堪える。
「ム、ムサシさん……もう少し優しく……」
クリスが心配そうに声をかける。
(なんて優しいの、クリス……やっぱり素敵……でも、これはちょっと……)
アリシアは心の中でプルプル震える。
「……イタイ……イタイ………イタイっちゅ〜の!!」
オヤジがついに目を覚ました。
アリシアとバーバラは堪えきれず吹き出した。
「なんじゃ貴様らぁ!?」
オヤジの怒声に、
「そりゃこっちのセリフだ。あんた誰だ?どういう状況だこれ?」
ムサシが真顔で問い返す。
「わしはガンテツ。世界一の刀鍛冶じゃい!」
オヤジは誇らしげに胸を張る。
その言葉に、一行はぴたりと静まり返る。
「……世界一の、刀鍛冶だと?」
ムサシが食い気味に訊ねる。
ガンテツはムサシの二本の刀をじっと見つめる。
「なんじゃ貴様、剣士か。剣士のくせにこのわしを知らんとは……ん?」
ムサシの腰の刀を見て目を見開いた。
「その刀……村政宗じゃないか!!なぜ貴様が持っとる!?」
「こいつは親父に貰った刀だ」
ムサシが答えると、ガンテツの顔色が変わる。
「親父?貴様まさか、コジーロの息子か?」
「お、おう……そうだが」
「なんと……!」
驚きに一瞬沈黙した後、ガンテツは言葉を続けた。
「その刀は、わしが奴に打ったものじゃ」
「……なんだと?」
ムサシが驚愕し、仲間たちも目を丸くする。
「なるほどな……そして、村政宗であの巨竜を斬ったというわけか」
「……ああ」
「でも、あの竜の死骸は光となって消えたはず。どうしてムサシが斬ったとわかるんですか?」
アリシアが不思議そうに口を挟む。
「わしはな、とある魔法使いに頼んで、この宝箱と共に封印してもらっておった。あの巨竜を一撃で倒す剣士が現れた時、封印が解けるようになっとったんじゃ。今思い出したわい」
「……もう少し、詳しくお聞かせ願えますか?」
と、クリス。
「この洞窟は、過酷じゃったろ?普通の冒険者は道中の熱気にやられてまずここまで辿り着けん。そして、あの巨龍じゃが……相当強いはずじゃし、硬いはずじゃぞ?何せ、そういう風に魔法使いに作らせた魔物じゃからな。」
ガンテツが得意げに語る。
「……は?サラッととんでもないこと言ってるけど……」
バーバラが呟く。
「あの巨龍を倒すこと自体は、斬撃である必要はない。しかし、斬撃以外で倒した場合は、倒した冒険者たちがこの洞窟から抜けると、蘇るようになっておったのじゃ」
「いや、そんなの作るなんて、どんだけヤバい魔法使いなのよ……」
「うむ。まあそれは良いとして……ついに現れたというわけじゃ——渾身の刀を打つ価値のある男が。しかも……あのコジーロの息子とは!愉快愉快!!」
ガンテツは高笑いする。
ムサシは胸の奥がゾクゾクした。
「打ってくれ、おっさん!俺たちは大魔王を倒すんだ」
「大魔王を倒す……」
ガンテツは、アリシアを見やる。
「お主、勇者か?」
「ええ!自己紹介が遅れてすみません!勇者のアリシアです!私からも、お願いします!ムサシの刀を打ってください!」
アリシアが頭を下げる。
「なるほどな………もちろんじゃ。そのためにこんなところで封印されとったのじゃからな。何年経ったか知らんがの」
ガンテツが笑う。
「……あの、なぜ……ここまで?刀を打つに値する剣士と出会うためなのはわかりましたが、それにしても、こんな洞窟の奥に自分を封印させるというのは……何か他に方法はなかったのですか?」
クリスが問う。
「………まあ、色々あるんじゃよ、この歳になると」
クリスは、相手にとってあまり触れられたくない問題であることを察し、
「……そうですか。失礼致しました」
と言って終わらせた。
「うむ。ところでお主ら、洞窟の入り口に分かれ道があったろ?上の方にもう行ったか?」
「いいえ、行ってません」
アリシアが答える。
「そうか。あの先にオリハルコンという刀に必要な鉱物がある。取りに行かねばのぉ」
「なら、さっさと行こうぜ」
ムサシが気合いを入れる。
*
一行はガンテツと共に分かれ道まで戻った。
「ここじゃな」
上への道は風がびゅーびゅー吹き荒れていた。
「じゃあ、おっさん、行こうぜ。お前らはここで待ってろ」
ムサシが言い、アリシアとバーバラがナイスと心で叫ぶ。
「……いや、すまんが女が一人必要なのじゃ。特殊な魔法が施されておってな」
ガンテツがにやりと笑った。
「そうなのか?でもよぉ…」
(何よその変態な仕掛け!)
アリシアが憤る。
(……嘘だわ。絶対。ただのエロオヤジね……でもムサシさんのためなら!)
バーバラが決意し、顔を赤くして言った。
「私が行きます!」
「バーバラ……すまねぇ」
ムサシが目を見つめる。
「いえいえ!行きましょう!」
バーバラが笑顔で頷く。
「では行くぞ」
ガンテツがスケベ顔を見せたその時、
「おいオッサン、あんた先頭歩けよ。道知ってんだろ?」
「すまん、覚えておらんのじゃ。わしは戦闘もできんしな。後ろからついて行く」
「なら刀はいらねぇわ」
「え!?ムサシさん!?」
バーバラが焦る。
「なんじゃ、どうした?」
ガンテツがじれったそうに言う。
「こんな風じゃスカート捲れるに決まってんだろうが。バーバラの後ろを男が歩くなんてぜってぇ許さねぇ。そこまでして刀なんぞいらん」
アリシアは目を見開き、感激したように賞賛の拍手を送る。
(ムサシさんは、やっぱりカッコいいな……)
尊敬と羨望の入り混じった思いが、クリスの心の奥底から溢れ出した。
「ムサシ、さん……」
バーバラの目から、涙が溢れる。
人生の全てを剣に捧げている男が、最強の剣を捨ててまで、自分のことを女性として配慮してくれたことが、堪らなく嬉しかった。
(……もうダメ、大好き……ううん……愛してる……だから…)
「私!本当に、良いんです!ムサシさんのためなら、変態オヤジにパンツ見られるくらい、何でもないです!!」
「な、なんじゃと……」
声を震わせるガンテツ。
「俺が見られたくねーっつってんだろーが!!」
「………」
「最強の剣で戦うムサシさんを、見たいんですよぉ…!」
そして、ついに──
「なんじゃい貴様らぁ!いちゃこきやがって!接待の一つもできんのか!パンチーくらい見せてくれても良かろうに!……おい、コジーロの息子ぉ……貴様の様な色男にはな……チビで禿げのオヤジの気持ちなんぞわからんのじゃあああ!!」
ガンテツは絶叫し、風吹く道を駆け上っていった。
「おい!ちょ、待てよ!!」
ムサシが慌てて追いかける。
「バーバラ!お前はここで待ってろよな!」
ムサシは振り返り、優しい笑顔を見せた。
「はい!!」
バーバラは涙ぐみ、恋する乙女の笑顔で力強く頷いた。




