第八十五話 笑顔の別れ
——アヴァロット城、玉座の間。
モルガンは玉座に腰掛け、勇者一行がその前に立つ。
「これで、あなた達は二十年前の勇者パーティを、既に超えたとも言える。本当に、よくやったわね」
モルガンは誇らしげに微笑み、一行を見渡した。
ふと、その瞳が揺らぎ、声が沈む。
「二十年前、私たちは大魔王をあと一歩のところまで追い詰めた……。当時の私に信仰があり、この技を習得できていれば……デイビッドは命を落とさずに済んだかもしれない……」
モルガンは視線を落とし、嗚咽混じりに呟いた。
「……アリシア、本当に、すまなかったわね」
「……モルガン様、謝らないでください」
アリシアは一度沈黙し、柔らかな声を紡いだ。
「こんなこと言うのは不謹慎なのかもしれませんが……私は、父の死も含めた過去の全てに……感謝すらしてしまっています」
仲間たちは黙ってその言葉を見守る。
「感、謝……?」
モルガンの声が震える。
「だって……きっと過去のどこかが少しでも違っていたら……この三人と旅をする"今"は、なかったじゃないですか」
アリシアは目を細め、仲間たちを見渡した。
「……アリシア様……」
「アリシアちゃん……」
「……」
モルガンの目から、一滴の涙が落ちる。
「……本当に、あなたはデイビッドにそっくりね……」
「モルガン様……父は、どんな人だったのですか?」
モルガンは微笑み、遠い記憶を語る。
「何よりも仲間を愛し、太陽のような明るさと揺るぎない信念で、私たちを引っ張っていってくれた。誰もが勇者と認める男だったわ。そして、誰よりも普通の男だった。馬鹿なことが大好きで、スケベな男だったわ」
クリスは心の中で微笑む。
(誰よりも勇者で、誰よりも普通……確かに、アリシア様と同じだ)
「へぇ〜、スケベだったんだぁ、アリシアパパ」
バーバラがニヤニヤして言う。
「ほーう」
ムサシも興味ありげに頷く。
「ええ。もちろんコジーロもね。モーゼフがいなければ、私は途中でパーティを抜けていたかもしれないわ」
「え……あの……す、すみません……!」
アリシアは慌てた。
「うっふっふ!冗談よ。男なんてスケベくらいがちょうど良いのよ」
「ママ、ちょっと」
「ゴホン!……そうね、ごめんなさい。とにかく、デイビッドは最高の勇者だったわ。もちろん、今の勇者も最高だけれどね」
アリシアは感謝を込めて頭を下げた。
「話して下さり、ありがとうございました!私も、二十年後にみんなからそんなふうに言ってもらえるような勇者になります!!」
「おいおい、それじゃあお前も死ぬみてぇじゃねぇか。死なせねぇぞ?絶対」
ムサシが笑う。
(言われた!!僕が言いたかった!!主よ……時間を巻き戻したまえ!!)
クリスは内心で悔しがる。
(アリシアちゃんずるい!!私も言われたい!!)
バーバラも密かに思った。
「わかってるわよ!ありがとね、ムサシ!!絶対死なないし、誰も死なせないんだから!!」
アリシアが笑顔で叫ぶ。
その時、トイレからテリオスが戻ってきた。
「皆さん、失礼致しました。」
少し顔色が良くなり、王子らしく挨拶した。
「ホントよ、まったく……」
バーバラは小さくため息をついて、
「テリオス、この国のこと、頼んだわよ」
「ああ、バーバラ。任せてくれ。僕はもう、迷わない。この国のために、命を賭けて剣を振るうさ。だから、安心して、世界を救ってきてくれ!」
「……うん!」
バーバラは安堵と誇らしさの混じった笑顔を見せた。
テリオスとムサシは無言で視線を交わし、互いに頷いた。
それで全ては伝わった。言葉などいらない。
そんな二人の様子は、モルガンにとって"奇跡"以外の何ものでもなかった。
愛した男との息子と、その男が自分と別れた後に拾い育てた子が、何も知らずに、まるで実の兄弟のような絆を築いているのだから。
「では……そろそろ行きましょうか!!」
アリシアが声を上げる。
別れの時が来た。
「モルガン様、テリオス様、どうかお元気で」
クリスが礼を述べる。
「またな!!」
ムサシが手を挙げる。
「ママ…約束、忘れないでよね!!」
「もちろんよ、バーバラ。ナポリタン、楽しみにしているわ」
親子は涙をグッと堪え、笑顔で別れを告げる。
「じゃあ、行ってきます!!」
「行ってらっしゃい」
一行は玉座の間を出て、城を後にした。
モルガンとテリオスはテラスに出て、旅立って行く勇者一行の背中を見送った。
(主よ……どうか私のバーバラと、その仲間達を——最後までお守りください)
モルガンは胸の中で、静かに祈った。
*
——その頃。
魔王城、玉座の間。
重々しい空気が漂っている。
魔物が慌ただしく駆け込んできた。
「ジャダム様!エルギーノが……エルギーノがやられました!!」
玉座に座る大魔王ジャダムは、眉一つ動かさず、低い声を発した。
「エルギーノまで殺るとは、いよいよ本物になってきたか……勇者め」
魔物は声を震わせ、さらに報告を続ける。
「そ、それが……今回も、エルギーノにトドメをさしたのは、勇者ではなく……例の僧侶だったとのことです」
ジャダムの唇がゆっくりと吊り上がる。
「そうか……くっくっく……」
魔物は一歩退き、様子を窺った。
「……ジャダム様……?」
「良い。下がれ」
ジャダムの声が冷たく響いた。
「はっ!」
魔物は慌てて退室する。
玉座に一人座るジャダムは、重苦しい沈黙の中で、ゆっくりと立ち上がった。
「……黒の僧侶よ……我々が会う日も近そうだな……ふははははは……!」




