第八十話 剣士、暴走する
「さてと!もう日も暮れてきたことだし、モルガン様、明日改めて謁見させて頂いてもよろしいですか?」
アリシアがそう言うと、
「何を言っている。そなた達にはこの城で最高のディナーと寝室を用意するに決まっておろう。帰るなど、私が許さぬ!」
再び堂々たる女王口調に戻ったモルガン。
「え!?良いんですか!?やった〜!!」
「ありがとうございます。モルガン様」
「っしゃあ!たらふく食うぜ!!」
「城のご飯、久しぶりだ〜。あんまり好きじゃなかったけど、今なら美味しく感じるかも」
(……うぅ……)
バーバラの一言が、思いのほか母の心を抉った。
だが、モルガンは咳払いひとつで切り替え、語調を整える。
「うむ、楽しみにしておれ。──だがその前に、やらねばならぬことがある」
彼女は振り返り、重々しく命じる。
「サイラス。テリオスの処分について議会を開く。テリオスが戻り次第始めるゆえ、準備を進めよ」
「……はっ!」
「そなた達も参加してくれぬか?いや、してくれ。しなさい!」
「は、はいっ!」
「承知いたしました」
「ああ、そういやアイツのことぶっ殺すって約束したの忘れてたわ」
「ちょっと!脳筋は城では黙ってなさい!!外でも!!」
「んだとコラ!?」
(え!?ムサシさんもしかして……私を刺そうとした弟への復讐的な!?きゃ〜!!……って、喜んでる場合か!!)
「はい、そこまで。シャラップ」
と、いつも通りにクリス先生が絞める。
「……くっ……くっふっふっ!!なんと愉快なパーティよ!!深刻な話の最中に漫才とは……そうでなければ、世界など救えんか!!あっはっは!!」
「……ママ……素が出てる、素が」
モルガンは照れたように咳払いをして、
「ゴホン……失礼。とにかく、同席してくれたまえ」
*
やがて、テリオスがママさんの店から帰還。
城の評議の間では、女王直属の幹部たちと、アリシア一行による議会が開かれた。
議長が席を正し、口火を切る。
「では、まず当時の様子を、当事者の皆さまにお伺いします」
テリオスが重く口を開いた。
「僕は……敵から混乱魔法を受け……目が覚めたら、女王を刺していました……」
サイラスが補足する。
「しかし他の兵士たちは、“勇者をやれ”という指令を受け、全員がアリシア様に襲いかかったのです」
バーバラが言葉を選びながら、告白する。
「……私は、ママと一緒に空中でエルギーノと戦っていた時……背中に爆撃を受けました………テリオスから」
テリオスは俯いたまま、言葉を発さない。
「つまり、テリオス様だけが“勇者”ではなく“バーバラ様”を狙ったと。なぜですか?」
張り詰めた空気を裂くように、モルガンが低く呟く。
「混乱魔法を受けた者は、通常、術者の指令に従う……だが、強い私怨があれば、目の前にその対象がいた場合、命令を無視して襲うこともある」
「……え?……それって、つまり……」
アリシアが堪えきれず声を漏らす。
クリスとムサシは黙ったまま見守っていた。
テリオスが、静かに下を向く。
「……そういうこと、なんでしょうね」
「……テリオス?」
バーバラが、呆けたように言う。
「……なら、仕方がないかもしれません」
「……どういう、こと……?」
「僕は……バーバラが……その才能が……ずっと疎ましかったんだ!!物心ついた頃から、ずっとだ!!」
「は!?なんでよ!?あなたの方が優秀だったじゃない!ママにも褒められてばかりで……私の方が羨ましかった!!」
「うるさい!黙れ!!……お母様が僕に優しかったのは、姉さんほど厳しくする“価値”がなかったからだ!」
「テリオス、それは──!」
モルガンが割り込もうとするも、彼は振り切るように言い放った。
「いいんです。お母様は、正しいことをしたまで。バーバラは、あなたを超えた……僧侶の力まで使える至高の魔法使いとなった。……それが、すべてです」
バーバラの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「……そんな……っ」
アリシアは目を潤ませ、
クリスは目を閉じる。
ムサシの目だけが、怒りで鋭く光っていた。
議長が静かに口を開く。
「……話を戻させて頂きます。その後の経緯は?」
「バーバラが攻撃を受けたことに気を取られた私が、魔王から一撃を受け、落下。そして、テリオスの目を見て“危険”を感じ、バーバラの前へ走り、そして………」
モルガンの声には、かすかな震えが混じっていた。
テリオスは、堪えきれず涙をこぼす。
「……わかりました。これより、テリオス様の処分について議論を──」
「──その必要はねぇよ」
低く、はっきりとした声が議場を貫いた。
静かに立ち上がるムサシ。
会場がざわめく。
「ム、ムサシさん……?」
「ちょっと!?何考えてるのよ!!」
「君!下がりなさい!!」
「うるせぇ!!」
その一喝に、場の空気が一瞬凍る。
ムサシはテリオスに近づき、睨みつけながら言い放つ。
「おい。お前のこと、ぶっ殺してやるって言ったよな。面貸せや」
テリオスも睨み返す。
「……殺すなら、さっさとやれよ!!」
「フン。ただ殺すだけじゃつまんねぇ。勝負だ。俺と真剣勝負しろ」
「……なに?」
「いい加減に──!」
「アリシア様。……少し、様子を見ましょう」
クリスの落ち着いた声が割って入り、アリシアが驚いた顔で息を飲む。
「おい、稽古場あんだろ? 案内しろよ、女王」
「貴様ッ!無礼な──!」
「……良い」
「モルガン様!?」
「……良いのだ。案内しよう。──着いてこい」
*
道中──
「あぁ……胃が痛い。クリス、回復お願い……」
「……申し訳ありません、アリシア様。胃に効く魔法は……存在しません……」
(ムサシさん……私のために。でも、弟を……殺さないで……)




