第七十七話 賢者
──ザシュッ。
モルガンの腹から剣が抜かれ、血があふれ出す。
「……ゴフッ……!」
口から鮮血を吐きながらも、モルガンは目の前の男を真っすぐに見つめた。
「……ママ……?」
バーバラの声が震える。
だがモルガンは、狂気に満ちたテリオスを、
そのまま──抱きしめた。
「……テリオス……たった一人の、お姉ちゃんじゃない……仲良くしなさい………ゲフッ……!」
その言葉と共に、テリオスの目から、徐々に狂気の色が抜け落ちていく。
彼の手から、剣が落ちた。
「……お、お母様……? これは……」
モルガンは、優しく微笑んだ。
「……ごめんね……テリオス……」
そのまま、力尽きて──地に倒れた。
「……あっ……あぁっ……うわああああああぁっ!!」
テリオスは膝をつき、地獄のような嗚咽を上げて泣き叫ぶ。
──その場に、アリシア、ムサシ、サイラスが駆けつけた。
「モルガン様!?モルガン様ぁ!!」
サイラスが叫び、地に手をつく。
「いったい……何が!?」
アリシアが目を見開く。
「くそっ!もう少し早く片付けてりゃ……!くそぉ!!」
ムサシが拳を地に叩きつける。
バーバラは呆然としながら、ゆっくりとモルガンに近づいた。
「……ママ?……死なないよね?ママは大魔王にだって負けなかった魔法使いだもん……だから……」
──その時。
モルガンの唇が、わずかに動いた。
「……バーバラ……優しくしてあげられなくて……ごめんなさい……」
その目に、悔恨の涙が浮かんでいた。
「クリス! クリスよ!」
アリシアが空を見上げ、叫ぶ。
「クリス降りてきて!モルガン様に回復を!!」
だが、戦いは止まらなかった。
ここで一瞬でも引けば──隙をつかれ、全滅する。それを、彼だけがわかっていた。
「……なんで……」
「おいアリシア!! 俺たちも加勢するぞ!! あいつを倒せば、覚醒も解けるはずだ!!」
ムサシの言葉に、アリシアは剣を構えた。
「そうね! やりましょう!!」
だが──
体力は限界。バフも切れ、斬撃は飛ばず。
二人には、何もできなかった。
「……そんな……」
「クソがああっ!!」
絶望に支配される戦場。
「ママ……ねえ……いつもみたいに嫌味言ってよ……ねえってば!!」
バーバラが、震える声で母にすがる。
モルガンは、バーバラの頬に手を当て──
その目に、深い愛を宿して囁いた。
「…………愛してるわ。バーバラ……」
そして、目を閉じた。
「モルガン様!! どうか……どうか……! モルガン様あああぁ!!」
サイラスの叫びが虚空に消える。
「…………僕も、死のう」
テリオスが剣を手に取り、腹に刃を当てる。
──カキィン!!
「てめぇ!!!」
ムサシの刀が剣を弾き飛ばす。
「後で俺がぶっ殺してやるからよ! 今は生きてろや!!」
「……何が勇者よ……」
アリシアは、自分の無力さに歯を食いしばり、地面を叩く。
──「愛してるわ。バーバラ」──
そんなことは、とっくにわかっていた。
厳しすぎた教育も、全ては自分のためだった。
仲間を得て、ムサシに恋して、ようやく素直になれそうだった。
だから、伝えたかった。
これまでの、感謝を。
だが結局──
自分は怒りで爆発し、感謝どころか、攻撃を向けた。
それが、母との最後のやりとりになった──
「……………いや……いやよ、そんなの。耐えられるわけないじゃない」
絶望の中。
バーバラは涙を
──流さなかった。
代わりに、目を閉じた。
何か、見えない力に導かれるように──祈った。
(私にかけがえのない仲間を与えてくれた主よ。
人を愛するということを教えてくれた主よ。
幸福な時間を与えてくれた主よ。
偉大な母を、私に与えてくれた主よ。
このバーバラに、救いの力を──与えたまえ)
──その身体が、淡く光り出す。
そして──
「カロ・ナーレ!!」
光がモルガンの身体を包み込み、
傷口が、静かに癒えていく。
モルガンの指先が、微かに動いた。
「……バー、バラ……?」
その声に、バーバラは愛に満ちた目で微笑んだ。
──選ばれし魔法使いが、
真実の愛と信仰に目覚めたときにのみ到達する、魔法界の頂点。
その名も──「賢者」。
魔法と祈り、攻撃と癒しを兼ね備えた存在。
かのモルガンですら届かなかった、その領域に──
バーバラは、立った。
モルガンの目から、誇らしげな涙がこぼれる。
「ありがとう……バーバラ……私の、自慢の娘よ……」
「お母様……!…………バーバラ……!! ありがとう!! うわああああっ!!」
テリオスも、涙をこぼしながら抱きしめに来る。
「モルガン様ああ!!」
「バーバラ……やっぱりあなた、最強ね!!」
「ったくよ……最高の女だぜ!!」
バーバラは微笑み、そして力強く言った。
「ムサシさん、アリシアちゃん……ありがとう!! あいつ……倒すよ!!」




