第七十三話 奇襲
時は少し遡り──
城を飛び出し、石畳の街道を駆け抜けるバーバラ。
その背に、ひときわ大きな足音が追いついた。
「バーバラ!」
その声に、彼女は立ち止まる。
「……はぁ……はぁ……ムサシ、さん……」
母に完膚なきまでに論破された悔しさ。自分の未熟さと無力さに押し潰されそうな今、彼女を追いかけてきたのが愛するムサシだったことは、紛れもなく嬉しかった。
だが、それ以上に、そんな姿を見られたことが恥ずかしくて、不甲斐なくて──
「……ごめんなさい……私……」
すると、ムサシは一歩、彼女に近づいて言った。
「お前は間違ってねぇ」
「………え?」
「見てるもんが違うだけだろ。お前はお前で、間違ったことは言ってねぇ。だから、そんな顔すんな」
その言葉に、バーバラはこらえきれず、しゃくりあげながらムサシの胸に飛び込んだ。
「……ぐすっ………ぐすっ……」
ムサシは無言で彼女の背中に腕を回し、そっと支える。
「……そうだ。泣きたいときは、泣いとけ」
「……うっ……うぅっ……うわああああん!!……」
バーバラが泣き止むまで、ムサシは一言も発さず、ただ抱きしめていた。
*
「……ありがとうございます、ムサシさん……」
「もう、大丈夫か?」
「はい……」
(むしろ、幸せ感じちゃってました……。実は、ちょっと延長してました……)」
「んじゃ、あいつらのとこに戻るぞ」
そう言って、二人が城へ引き返そうとしたその時──
「うわぁーー!!」
街のあちこちから、悲鳴が響く。
石畳を踏みしめる無数の足音。
鉄の軋む音。
「……何!?」
「機械が……暴走してやがる!!」
市街地の広場では、魔法ロボット達が制御不能になり、人々に襲いかかっていた。
建物の壁は次々に粉砕され、空飛ぶドローンも錯乱状態だった。
*
──アヴァロット城、王宮のテラス。
「何が起きてるんですか!?」
アリシアが叫ぶ。
「……魔法ロボットが暴走している」
モルガンは苦々しい声で答える。
「え!?」
「これまでに、こんなことは一度もない……ロボットを製作する者には、必ず私に報告書を提出させているし、私自身も現場に出向いて細心のチェックを行っている。こんなことは、まず……」
──その時だった。
「アリシア様!ヒノキチを!!」
一同が街の様子に気を取られている中、ただ一人、全方位への警戒を怠らなかったクリスが、上空の異変に気づいた。
「えっ──」
バシューーーン!!
空気が歪み、恐るべき攻撃魔法がアリシアに迫る。
「っ……!」
とっさにアリシアが不死鳥の盾を構えると、魔法は盾に吸収された。
「……あらー。失敗」
その声に、皆が顔を上げた。
そこに浮かんでいたのは──
少年のような輪郭に、不気味な笑みを浮かべた魔物だった。
青みがかった髪は風もないのに揺らぎ、真紅の眼差しが全てを嘲笑うかのように輝いていた。
黒ずくめのコートに包まれた細身の身体はまるで人間のようだが、その気配は明らかに人間ではなかった。
「せっかく街中のロボットをハッキングして、意識を下に向けさせたのになぁ。やるねぇ、君」
「……貴様は……!?」
モルガンが低く唸る。
「僕?エルギーノって言います。四魔王とかいうのやらされます。この国を壊すようにジャダムさんから言われてましてね。で、どうせなら勇者を殺すっていう面倒な仕事も一緒に片付けたいなーと思って、やってみたんだけど、ミスったので──出直しまーす」
そう言って、エルギーノはひらりと身を翻し、飛び去ろうとする。
だが──
「帰すわけなかろうが!!」
モルガンの杖が紅蓮に輝き、放たれたのは超高熱の豪火球。
「うわっ、怖っ」
エルギーノも即座に振り返り、先ほどと同じ巨大なエネルギー弾を放つ。
魔法同士が空中で激突。
轟音とともに爆風が巻き起こり、辺りの木々をざわめかせる。
「そんなん喰らったら、核ごと焼けちゃうっての……。腐っても、元・勇者パーティの魔法使いってわけね。じゃ、逃げろーっと」
エルギーノは軽い口調のまま、アヴァロットの城下町を高速度で突っ切り、街壁の向こうへと飛び去っていった。
「待ちなさい!!」
アリシアが叫び、その姿を目で追う。
だが──
その先に見えたのは、城下町の向こうの平原の彼方から押し寄せてくる、黒い波のような影。
「……魔物の群れ……!?」
──アヴァロットに、かつてない脅威が迫っていた。




