第七十二話 国の礎
「──バーバラの父は、コジーロだ」
その一言を聞いたアリシアとクリスは、まるで時間が止まったかのように、目を見開いて固まった。
「………え…あの……」
「…………」
モルガンは、ゆっくりと立ち上がる。
「まあ、理解が追いつかんのも無理はない。だが、これは紛れもない事実だ」
静かに語り始めるモルガンの声には、遠い昔を懐かしむような響きがあった。
「大魔王を封じた戦いの後……私は、しばらくコジーロと共に、魔物の静まった地上を旅した。
やがて彼は再び放浪の旅に出ると言い、私は国を興す決意を固めた。そして──
別れの前夜、私たちは、交わった」
「……それ、コジーロ様は……知っているのですか?」
「いや。知らんだろうな。本人は避けたつもりでいるだろう。
だが、私は……魔法の力で、それを避けたのだ」
「………なぜ?」
問いかけたクリスに、モルガンはわずかに表情を緩めた。
照れと、寂しさが入り混じったような、少女のような笑みだった。
「……なぜ、だろうな」
その一言に、クリスははっとする。
己の問いが、無粋だったような気がして──
「……いえ、すみません。……結構です」
モルガンは優しい目でクリスを見つめ、そっと微笑む。
「後悔はしていないよ。もちろん、一人で育てるのは大変だった。
だが──あの子たち……バーバラとテリオスは、やはり私の宝だ」
ふっと、モルガンの目に涙が浮かぶ。
その瞳に、確かな母の愛を見たアリシアは、思わず声を漏らした。
「……もしかして、それで……魔法で働く機械を……?」
「……そうだ」
モルガンは頷き、玉座の奥、どこまでも続く虚空を見つめながら言った。
「女手一つで双子を育てるというのは、想像以上に過酷だった。
だから私は、魔法の力に工夫を凝らし、試行錯誤の末に、“寝かしつけマシーン”を作った。
今思えば──あれが、この国の始まりだったのだ」
静かに語られる“国の起源”。
それは戦略でも野望でもなく、ただひとりの母親が子を育てるために生み出した、涙と知恵の結晶だった。
この国の、どこか冷たい合理主義の裏に、そんな物語があったとは──
アリシアとクリスは、国の見え方が根底から覆るような衝撃を受けていた。
モルガンという女性の真の姿──
母としての愛、知恵と胆力、不可能を可能にする強さ──
そして、全てを内に秘めたまま泰然と玉座に座る姿に、アリシアは、深く胸を打たれていた。
「……敵わないわ……」
「はい……紛れもなく、偉大な女王です」
「──っと、話しすぎてしまったな。すまない。なんだか、あの頃の仲間たちに話しているような気分になってしまっていたよ」
「いえ……話してくださって、ありがとうございました」
モルガンはふっと優しい表情になり、アリシアの目をじっと見つめる。
「本当に……デイビッドによく似て……」
──その時。
バンッ!!
玉座の扉が勢いよく開かれ、兵士が慌てた様子で飛び込んでくる。
「モルガン様!!大変です!!街が……!」
「……何事だ?」
「魔法ロボットがあちこちで暴走し、火災や破壊が発生しています!」
「なに……!?」
即座に立ち上がるモルガン。
「テラスへ行く!」
城の奥、風に吹かれる高台のテラスへと駆け出す。
アリシアたちもその後を追い──
眼下に広がる城下町の光景に、全員が息を呑んだ。
ロボットが街のあちこちで火花を散らしながら住民を追いかけ、
通りでは建築補助機が暴走して家屋を叩き壊し、
浄水装置からは泡のような魔力が噴き出し、
路地には煙が立ちこめていた。
火災、爆発、暴走。
自律魔法機構が一斉に制御不能となり、アヴァロットの街は、今まさに──
崩壊の危機に瀕していた。
「……これは……いったい……!?」




