第七十話 女王モルガン
魔法の杖にまたがり、怒りの形相でアヴァロット城門へと爆進するバーバラ。
その後を、三人の仲間が必死に追いかけていた。
すれ違う市民たちが、驚きの声を上げる。
「……え、今の、バーバラ王女じゃね?」
「失踪してたんだよな?帰ってきたのか……。てか、めっちゃ怖い顔してたんだけど」
「おい、そんなこと口にすんなって。城の奴らに聞かれたらヤバいだろ」
バーバラは城門前で杖から降りる。
門前には二人の門番兵が立っていたが、彼女の姿を見るや否や、目を見開いた。
「バ、バーバラ様……!?お、お帰りなさいませ!」
兵士たちは慌てて門を開ける。
「ありがとう。あとから私の友人が三人来ると思うから、通してあげてね」
「はっ、かしこまりました!」
彼女はそのまま、一直線に玉座の間へと向かう。
衛兵たちが道を開け、赤い絨毯が続く階段を、バーバラは怒りに任せて駆け上がった。
重厚な扉の前にも、衛兵がふたり。
「バ、バーバラ様!?お、お帰りなさいませ!」
衛兵たちは義務として、何の躊躇いもなく王女のために"その扉"を開いた。
——玉座の間。
そこには、中央の玉座にどっしりと腰かける一人の女性と、側近たちが整列していた。
そして──
「モエ・テローガ!!!」
扉が開かれるやいなや、バーバラは怒りの咆哮と共に、豪火球をモルガンに向けてぶっ放した。
「……!?」
バコーン!!!
轟音と爆煙が広がり、空間が揺れる。
だが、煙の中から現れたのは──
一枚の巨大な盾を構えた兵士の姿だった。
「バーバラ様……これは一体、どういうおつもりですか……?」
アヴァロット兵士長──サイラスが、苦々しい表情で問いかける。
「サイラス、どきなさい!!そこの鬼畜を……ぶっ殺してやるわ!!」
その背後、玉座にゆったりと座る一人の女性。
赤みを帯びた長い髪が、静かに背へと流れていた。
深い黒と冷たい碧を基調とした装いが、その細い身体を荘厳に包んでいた。
その姿は、まるで神像のように静謐で美しく、そして──
近寄りがたい威圧感に満ちていた。
その女が、ゆっくりと目を細め、薄く口元を動かす。
「……帰ってきたか、親不孝の放蕩娘よ」
その声を聞いた瞬間、バーバラの怒りは臨界点を超える。
「モエ・テロ──!!」
「バーバラ! ダメッ!!」
駆けつけたアリシアが、バーバラの前に飛び出し、両手を広げて立ち塞がる。
「どいてよアリシアちゃん!あいつが全部悪いのよ!!」
「それでも……ダメ!!」
アリシアはそのまま、バーバラを抱きしめた。
「何があっても……親に手をあげちゃダメよ……」
その抱擁には、理屈ではない“力”があった。
バーバラは、詠唱をやめた。
「……なんで……なんでママさんの店を奪ったのよ………ママ……!!」
嗚咽まじりに叫ぶバーバラ。
モルガンは、わずかに眉を動かしながら答えた。
「ママさんの店?……ああ、あの喫茶店のことか。私の国には、必要ないと判断した。まさか、そんなことでこのような狼藉を働いたわけではあるまいな?」
「そんなこと……ですって!?私にとっては、こんな城よりも、よっぽど大切な場所なのよ!!」
声を荒げるバーバラ。
「私だけじゃない。あの店を必要としてる人は、たくさんいるの!……返してよ!!」
モルガンは静かに言った。
「……よかろう。その“必要性”とやらに私が納得したなら、返してやろう。言ってみなさい」
「……必要な理由?そんなの、ママさんの“温かさ”に決まってるじゃない!」
バーバラは息を吸い、必死に言葉を紡ぐ。
「この国にはね、自分の居場所を見つけられない人たちが大勢いるの。
“好きなことをして生きていけばいい”
その空気が、かえって、それができない人たちを追い詰めてるのよ。
ママさんは、そういう人たちの悩みや苦しみに寄り添ってくれる。
そういう存在が、この国には必要なの!」
──だが。
「立ち退きは変更しない」
モルガンの返答は、冷たく、揺るぎなかった。
「なんでよっ!!」
「では逆に問おう、バーバラ。
その“弱き者たち”が、なぜ今日までこの国で生きてこられたと思う?」
「それは……居場所があったから……」
「違う」
モルガンは静かに、しかし鋭く問い詰める。
「"生きづらい"などと嘆きながら、大した仕事もせずに生きていけるのは、なぜだ?
この国で、衣食住に困る人間がいないのは、なぜだ?
それを聞いている」
「……魔法ロボットによる労働と、ベーシックインカムで……」
「そうだ。それを可能にしたのは、我が理念と政策だ。民を生活のための労働から解放し、より高次の自己実現へと向かわせること。これが、この国の在るべき形であり、私の誇りだ」
バーバラは言葉を探す。
「……だけど、それだけじゃ……!」
「それ"だけ"?では問おう。
お前が旅をして見た世界に、極度の貧しさに喘ぐ者はいなかったか?
この国なら治るかもしれない病で世を去った人間はいなかったか?
一人で子を育てる者の、疲弊し切った顔は見なかったか?」
「…………」
「少なくともこの国に、そうした"真の苦悩"は見られないはずだ。お前は、それを可能としている土台を、壊すべきだと本気で考えているのか?」
「…………それは……」
モルガンは静かに、決定を告げた。
「私は、全ての意見を拾うことはできない。
そして──あの喫茶店に支援を与えることは、
この国の在り方に反する。
わかってくれ、バーバラ」
「…………くっ……!」
何も言い返せない。
心から反論したいのに、言葉が出てこない。
悔しさと、自分の未熟さが、胸を締めつける。
そして──
バーバラはその場を振り切るように、玉座の間から走り去った。
「バーバラ!!」
アリシアが追おうとするが、
「俺が行く!お前はここにいろ!」
ムサシがアリシアを止め、バーバラを追った。
クリスただ、じっとその場に立ち尽くしていた。
──女王モルガンの言葉。
それは、あまりにも現実的で、あまりにも正論だった。
だからこそ、
簡単に口を挟むことができなかった。
バーバラの悔し涙が、玉座の間に重く残った。




