第六十九話 激怒
——翌朝。
アヴァロット城下町の宿屋にて。
いつも通り、
勇者は下着を選び、
僧侶は祈り、
剣士は鍛え、
魔法使いは剣士に奉仕した。
精算ロボに代金を支払い、一行は宿を後にする。
「本当に……表で人が働いてないのね〜」
アリシアが、眼前に広がるロボットだらけの街並みに目を丸くする。
「はい。にわかに信じがたい光景です」
クリスも困惑したように呟いた。
「私も家出して他の国を見て、やっと分かったの。
最初にこれ見たとき、びっくりする人の気持ちが」
バーバラが言う傍らで──
ムサシは胸筋をポンポンと叩いてニヤリと笑っていた。
(確かに、毎朝あれを飲むようになってから……筋肉のつき方が変わった気がするぜ)
彼の関心は、魔法都市でもAIでもなく、“マホテインの成果”であった。
「そしたらバーバラ、モルガン様に謁見しようと思うけど、いい?」
「うん!行こう!」
バーバラが清々しい笑顔で答えた──その時。
すれ違った若者二人が、何気ない声で話す。
「……あそこの喫茶店、立ち退きくらってるらしいよ」
「え?マジで?……まあでも、あんなとこいらねーよな」
「……え?」
バーバラが立ち止まり、顔を上げる。
「ねぇバーバラ、今のって……まさか、ママさんのところじゃないわよね!?」
アリシアが息をのむ。
バーバラは答えず、そのまま駆け出した。
「バーバラ!」
「行きましょう!」
「おう!」
三人もすぐに彼女の後を追う。
*
喫茶店の前に着いたとき──
そこでは数人の男たちが、食器や調理器具を淡々と運び出していた。
「やめてください!どうか……どうか!!」
泣き叫ぶママさんが、男の一人にすがりつく。
「やめなさいよあんたたち!!」
バーバラが怒声と共に飛び込む。
「……あ?誰だ…………バ、バーバラ様!?戻られてたのですか!?」
「んなことどうでもいいから、今すぐやめなさい!!何なのこれは!?」
「バーバラちゃん……!」
ママさんが涙ながらに叫ぶ。
「モルガン様のご意向により、この店は立ち退き対象になりました。現在、その執行作業を──」
バゴッ!!
男の胸元をバーバラが思い切りど突く。
「ふざけんなよ!!『立ち退き対象になりました』?人の人生をなんだと思ってんのよ!!」
「し、しかし……」
「おい」
ムサシが前に出る。
その目には静かな怒気と殺気が宿っていた。
「今すぐやめろ。ぶっ飛ばされてぇのか?」
「ひ、ひぃっ……!」
「……これ、本当にモルガン様の指示なんでしょうか」
アリシアが震える声で問いかける。
「……あるまじき暴挙です」
クリスの声も、怒りにかすれていた。
その時──
一人の青年が、悠然とその場に現れた。
灰色の髪に整った目鼻立ち、
高貴な装いに身を包んだ長身、
明らかな"上流"の空気を纏っていた。
「これは──公務執行妨害ですよ、皆さん」
「テリオス!」
バーバラがその顔を見て叫ぶ。
「……バーバラ!?なぜここに──。
……そうか。反省して戻ってきたんだね。お母様も、きっと喜ぶよ。ところで、君からもこの者たちに──」
バチン!!
乾いた音が響いた。
テリオスの頬に、バーバラの平手打ちが炸裂する。
「……なんのマネだ?」
青年が冷たく睨む。
「こっちのセリフよ!!今すぐやめさせなさい!!
あんた、いつまであの母親の坊ちゃんやってんのよ!!」
「……反省どころか、悪化しているとは。つくづく救いようのない姉だ。構うな、続けろ。お前たち」
「ふざけないで……!」
バーバラの右手に、紅蓮の魔力が宿る。
「やめさせないなら……やめさせるまでよ!!!」
だが──
「ダメよ! バーバラちゃん!!」
ママさんが、バーバラを後ろから強く抱きしめた。
「ママさん!?離して!こいつら、人間じゃないわ!!」
「もういいの!お店ならまた始められる!でもね──
バーバラちゃん、あなたの人生は、一つしかないのよ!!
こんなところで棒に振らないでちょうだい!!」
「……そんな……」
バーバラは膝をつき、項垂れる。
「なんだ。店主の方がよほど道理をわきまえているようだな」
テリオスは冷笑しながら言い捨てた。
「全く、情けない。……進めろ」
作業員たちが、無慈悲に店を解体し続ける。
アリシアの目が怒りに濡れる。
クリスは、黙って拳を握り締めた。
ムサシは、唸るように一言だけ吐いた。
「……クソがっ……!!」
──その瞬間。
バーバラの中で、何かが音を立てて切れた。
「……モルガン…………モルガン……ッ!!」
殺気に満ちた顔で、彼女は走り出した。
「バーバラちゃん!!」
ママさんが叫ぶ。
「俺たちも行くぞ!!」
ムサシが叫ぶ。
「はい!!」
「ママさん!ちょっと待っててね お店、必ず何とかしましょう!!」
こうして、一行は──
諸悪の根源が座する、アヴァロット城へと向かった。




