第六十話 夢の盾
翌朝。
カン!カン!カン!──。
ジャックは夜明けとともに動き出していた。
一晩、特製の液体に漬け込んだ盾の素材を取り出し、乾燥させ、そして静かに──だが力強く──ハンマーを振り下ろしていく。
その作業が始まってから、およそ三時間後。
ようやく、勇者一行の朝が始まった。
*
アリシアは着替え部屋に入り、静かに“儀式”を始めていた。
(今日は、これ一択よ。情熱の赤。ジャックさんの盾への情熱を私が受け取る日。そして、仲間を守りたいという私の想いが形になる日。これしかないわ。ちょっとエッチだけど……クリスは、これ……って、違う違う!今日はそういうのじゃないから!いや、今日"も"!)
クリスは寝室の隅に膝をつき、朝の祈りを捧げていた。
(主よ……どうか、アリシア様の新たなる一歩を見守りください)
ムサシは言うまでもなく筋トレをしていた。
バーバラも言うまでもなくマホテインを作り、ムサシに飲ませていた。
アリシアが着替えを終えて戻ってくると、クリスが振り返って言った。
「では皆さん、布団をきちんと畳んで、しっかりと片付けましょう。忘れ物もないように!」
「はーい、せんせー!」
バーバラが笑いながら返事をする。
布団を片付け終えると、アリシアが声を上げた。
「よし、それじゃあジャックさんのところへ行きましょう!」
*
工房に入ると、ジャックは最後の工程──鳥の頭の溶接──に取りかかっていた。
その背中からは、全神経を一点に注ぐ、職人の気迫が伝わってくる。
アリシアたちは、溶接が終わるまで、一言も発さずに待ち続けた。
──そして。
「……できた」
その言葉と共に、静寂が破られた。
「おはようございます! ジャックさん!」
振り返るジャックは、どこか晴れやかな表情で言った。
「……できたぜ。勇者ちゃん、こっちに来な」
アリシアは、緊張の面持ちで歩み寄る。
ジャックが脇へ退くと、アリシアの眼前に、
それが現れた。
「……これが……私の……」
⸻
それは、美しくも重厚な盾だった。
中央には、あの鳥の頭──赤い火の鳥の頭が彫刻されており、その顔はまるで生きているかのように凛々しく、鋭い眼差しで前方を睨んでいた。
ボディは白を基調とし、両翼をかたどった左右の縁は流れるような曲線を描き、全体のフォルムは力強さと優雅さを併せ持っている。
装飾には赤を基調とした紋様と、古代文字のような刻印が随所にあしらわれており、見る者に圧倒的な存在感と神秘性を与えていた。
⸻
「そうだ。これが、お前さんの相棒──《不死鳥の盾》だ!」
「……不死鳥の……盾……」
「どうだ? かっこいいだろ?」
「めちゃめちゃかっこいいです!!」
「アリシアちゃん、素敵な盾だね!」
「これは……まさに不死鳥ですね……」
「この頭はこうやって使うのか……」
「はっはっは! やっぱり見た目は大事だよな! 盾は芸術さ。だがな──こいつの戦闘における“実用性”は、その芸術性を遥かに凌ぐぜ」
「……この盾は、どういう盾なんですか?」
「口で説明するより、体感してもらったほうが早い。ついてきてくれ」
*
工房の裏には、岩壁と奇妙な装置が設置されていた。
「…これは?」
「俺が作った、“魔物の魔法発射マシーン”だ」
「魔物の魔法発射マシーン!?」
「そうさ。スイッチを押すと──」
バキューン!!
火の玉が装置から発射され、岩壁に命中した。
「魔法を盾で防ぐ練習場ってわけだ。そしてこの魔法には、実際の魔物が放つのと同じ邪のエネルギーが入ってる」
「……こんなの作れるなんて……ジャックさん、やっぱり凄い魔法使いだったんですね……」
バーバラが驚き混じりに言う。
「ま、そこそこにな。──勇者ちゃん、構えてくれ」
「は、はい!」
バキューン!!
火の玉がアリシアの盾めがけて飛んできた。
その瞬間──
「え!?」
火の玉は弾かれることなく、盾に吸い込まれていった。
「……今、魔法が……盾に吸収されていったような……」
「よし! いいぞ! 次だ!」
ジャックは立ち位置を変えるよう指示し、なぜかクリスを直線上に立たせた。
「え!? ま、まさか打たないよね!?」
慌てるアリシア。
「大丈夫!信じてろ!」
バキューン!!
「うわああ〜!!」
クリスの絶叫が山中にこだました、その瞬間──火の玉は軌道を変え、アリシアの盾へと吸い込まれていった。
「……なに今の!? 曲がった!?」
「っしゃ〜〜〜〜〜!!」
ガッツポーズを決めるジャック。
「どういうことですか!?」
「まとめて説明してやる! 勇者ちゃん、そのまま構えててくれ!」
ジャックが連打したスイッチから放たれる火の玉は、全てが盾の方向へと引き寄せられ、吸収されていった。
──そのとき。
ピカァッ!
「……何!?光ったわよ!」
盾が、ほんのりと光を放ち始めた。
「勇者ちゃん!そのマシーンの横に来てくれ!」
「は、はい!」
「そしたらその盾を、岩壁に向けて──取っ手の端のボタンを押してみな」
カチッ。
すると、鳥の口が開き、次の瞬間──
バキューーーーン!!
灼熱のビームが岩壁をえぐり飛ばした。
「……すごい……すごいっ!!」
「どうなってんの〜!?」
「あの鳥……火を吹きやがった……!」
ジャックは膝をつき、その場で男泣きした。
「……おお……おお……うおぉぉぉ〜!!」
「ジャックさん……」
「……すまねぇ、つい……嬉しくてな……。──っと、まだ大事なテストが残ってた」
「えっ?」
「そいつを地面に置いてくれ」
アリシアが戸惑いながら盾を地面に置くと、ジャックはムサシに金槌を手渡した。
「剣士さんよ、これで思いっきりぶっ叩いてくれ」
「お、おう……」
(……ちょっと、大丈夫なの!?)
ガンッ!!
「……え?」
「……あ」
「……主よ……」
「おい、かけちまったぞ」
「ねえ!何してんのよあんた!どうしてくれんの!?この脳筋!ゴリラ!ハゲ!」
(アリシアちゃん……さすがにそれは……いや、今回は仕方なし!)
「ハゲてねぇし!」
「まぁまぁ、よく見てみろ」
盾を見れば──欠けた部分は、完全に元通りになっていた。
「……え!? 直ってる!!」
「ホントだ!!」
「これは……一体……」
ジャックは静かに空を見上げ、心の中で呟いた。
(……夢、叶っちまったぜ……)




