第五十九話 盾の理由
囲炉裏風のテーブルを囲み、アリシアたちは酒を飲みながら、鍋の支度をしているジャックを待っていた。
アリシアは目を輝かせながら、
「ジャックさんって、最初は正直変な人だと思ったけど…凄くちゃんとした人だし、おもてなしの達人よね! こんな山奥でここまで準備するなんて…!」
クリスは落ち着かない様子で、
「本当に、素晴らしい方です。やっぱり僕も、何か手伝ったほうが良い気が……」
と、落ち着かない様子で座っている。
ムサシは猪口を手にしながら、
「うまいな。どこの酒だ?」
バーバラはムサシの横でにこにこしながらお酌する。
「ムサシさん、どうぞ♪」
(うふふ…なんか酔ってきたかも…ムサシさんに…)
そこへ、ジャックが土鍋を抱えて戻ってきた。
ぐつぐつと湯気を立てる鍋をテーブルの中央に置くと、続けて鍋の具材である山菜と鶏肉、ふっくらと炊き上がった白米、そして、自然薯のとろろが運ばれてきた。
「うわ〜!美味しそ〜!!」
「こりゃ美味そうだな!」
(よ〜し!ムサシさんの鍋奉行するぞ〜!)
「ジャックさん、本当にありがとうございます!」
「さあ、ドンドン食ってくれよ。米もまだまだあるぜ」
「いただきます!!」
その瞬間、宴が始まった。
「……おいしぃ〜!!」
「きのこと鶏の出汁が……しっかり効いていて……これは絶品です!」
「ふふっ、ムサシさん、これもう煮えてますよ。どうぞ〜♪(あーんしたいけど我慢…我慢っ…!)」
採れたての具材に濃厚な出汁の旨味が渾然一体となった鍋料理は、空腹の五人を満たしていった。
だが、客人四人を最も感動させたのは──
「なんだこりゃあ!! 馬鹿うめぇぞ!!」
「ちょっと…止まんないんだけど…!」
「これ、何杯でもいけるわ…」
「これは……これは間違いなく……!」
クリスが恍惚の表情で言い放った。
「至高のとろろご飯です!!」
そう、それは、山で採れた自然薯に、出汁・卵・醤油を絶妙な比率で合わせた、ジャック特製のとろろだった。
「はっはっは! うめぇだろ!? 俺が盾の次に自慢してる、とろろよ! 遠慮すんな、どんどん食え!」
ジャックも自分の椅子を持ってきて腰を下ろすと、囲炉裏を囲む形で五人の宴は続いた。
*
やがて、酒も落ち着いた頃──
一人しらふのクリスが、ふと尋ねた。
「ジャックさん……。どうして、盾職人になられたんですか?」
パチ、パチ…と薪が爆ぜる音。
その場にいた全員の視線が、ジャックに注がれる。
ジャックは酒をひとくち啜ると、ぽつりと語り出した。
「……惚れちまったのさ」
「え?」
「俺はな、元々は冒険者だったんだよ。30年も前の話さ。……職業は、魔法使いだった」
「えぇっ!? 魔法使いだったんですか!?」
アリシアとバーバラが同時に声を上げた。
「そうさ。魔法使いの俺は、基本的には後方から隙を見て魔法を飛ばすのが仕事だった。命の危険は、前線で盾持って戦ってる仲間に比べたら少ない。だが、俺たちを守ってるその背中を後ろから見てるうちによ……」
「……魅せられちまったんだ。その覚悟と、仲間への想い。そして、それを具現化する盾の存在に……な」
ジャックの声は穏やかだったが、その瞳には、静かな熱が宿っていた。
「パーティは、俺が抜けるのを機に解散した。今でも、アイツらには悪ぃことをしたと思ってる。だが、後悔はねぇ。俺は……盾を作るために生まれてきたと、そう信じてるからな」
──静寂。
それを破ったのは、ムサシだった。
手にしていた猪口をトンと置き、低く呟いた。
「……かっけぇな、おっさん」
「……?」
「俺も、いつか……あんたみてぇな刀鍛冶に、自分の刀を打ってもらいてぇ。心から、そう思った」
「ムサシさん……」
(好…き……)
バーバラが胸元で手を握りしめる。
ジャックは微笑し、ムサシの瞳を見つめて言った。
「きっと出会えるさ。そして、最高の一本を打ってくれるだろうよ。……お前さんみたいな良い目をしてるやつにはな、職人は燃えるもんなのさ」
「……そ、そうか。ありがとよ」
「俺だってそうさ。勇者ちゃんの目を見たときにゃ、諦めかけてたあの盾の話を、つい口に出しちまった。……本気の覚悟がある目ってのは、人を動かすんだよな。結果的に、ドンピシャだったわけだが! くっはっは!」
アリシアは、胸に手を当て、静かに祈るように語った。
「本当に……奇跡としか思えません。あの鳥の頭が盾の素材だったこと、そして何より、その盾をジャックさんのような職人に作っていただけることが」
ジャックは頷き、柔らかな笑みを浮かべて返した。
「……そうかい。ま、楽しみにしてな」
そこへバーバラが、ぽつりと。
「ところで……30年前に冒険って……ジャックさん、今おいくつなんですか?」
「ん? 俺か? 55だが?」
「……えっ!? 若っ!!」
一同、心からの驚きで叫んだ。
──こうして、酒と笑いと温もりに包まれながら、楽しい夜は静かに更けていった。




