第五十六話 甘い山路
伝説の盾職人の工房を目指し、山を登る勇者一行。
その道中、魔物の姿はまったく見られなかった。
なぜなら──
麓で既に全滅させてきたからである。
「なんだよ、全然魔物出てこねぇじゃねぇか」
ムサシが肩を回しながらぼやく。
「まあまあ、ムサシさん。たまにはのんびり歩くのもいいじゃないですか〜」
バーバラが穏やかに笑う。
「お前、今日は杖に乗って飛ばねぇのか?」
その問いに、バーバラは少し照れながら頬を赤らめる。
「はい、せっかくなんで……ムサシさんと歩きたいな〜って」
(きゃ〜言っちゃった!)
「そ、そうかよ……」
ムサシもまた、顔を赤らめて目を逸らす。
(照れてる〜〜! ねえ、もしかして……ムサシさんも私のこと、少し好きになってきてない!?
……いや、でも……そんな甘くないか)
──これまで、誰からも本気で愛されたという実感がなかったバーバラは、
「愛される」ということに対して、人一倍懐疑的であった。
その時──
「きゃぁぁあああっ!!」
突如、バーバラの目の前に、細い糸にぶら下がった蜘蛛が降りてきた。
「なんだっ!?どした!?」
「く、蜘蛛が……!目の前に……!」
「はぁ?蜘蛛……?」
ムサシはしばらくフリーズした後──
「ぷっ……くっはっはっはっ!!」
思いきり吹き出した。
「何笑ってるんですか!?ムサシさん!」
「いやだってよ……お前、平気ででっかい魔物ぶっ飛ばすくせに、こんなちっこい蜘蛛にビビってるとか……くっ、くっはっはっ!!」
「それとこれとは別ですっ!も〜〜!!」
そう言いながらも、バーバラはそのままムサシの腕にしがみついたままだった。
「……あの……もう少し、こうやって歩いてていいですか?」
バーバラが恐る恐る見上げると、ムサシは顔を真っ赤にしながらうなずいた。
「……あぁ、いいぞ」
(やべぇ……可愛いぞ……!)
バーバラの額には、“幸福”の二文字が浮かんでいるかのようだった。
そのまま、彼女は夢見心地のままムサシと並んで歩いていった。
*
一方、二人より少し前方では──
「ねえクリス、見て!あそこから木漏れ日が差してるわ。綺麗……」
「……本当ですね。綺麗だ……」
「空気も澄んでて……本当に気持ち良いわ……」
クリスはアリシアを見つめながら、心の中でそっと願う。
(世界に平和が戻ったら……また、二人でこんな登山ができたら……)
すると──
「……ねえ、クリス。この旅が終わったら……また、二人で登山できたらいいな」
アリシアが、まるで奇跡のようなタイミングで、同じことを口にした。
頬を赤らめながら、目を輝かせて。
「アリシア様……僕も今、全く同じことを考えていました……!」
「え!? 本当に!? すごい!! ……嬉しい……」
そして──
二人は、また同時に思った。
(……手を、繋ぎたい……)
けれど、アリシアは“勇者”として、パーティのリーダーとして、仲間の前でそういう姿を見せるべきではないと、ぐっと堪えた。
クリスもまた、アリシアの立場を尊重し、同じように気持ちを飲み込んだ。
そして、ふと、
後ろを歩く“抑制の根拠”たちを振り返る。
そこには──
小柄な少女が、
屈強な剣士の腕にがっつり絡みついて歩いていた。
(……って、くっついとるんかい!!)
アリシアとクリスは、脳内で同時にツッコんだ。
そしてふと、顔を見合わせ──笑い合った。
そんなこんなで、
二組の男女による、甘くて幸せなひとときは、笑いとトキメキに包まれながら過ぎていく──
そして、視界の先には、
──木々に囲まれた、無骨な石造りの工房。
「……あれじゃない? 盾職人の小屋って」




