第五十四話 殲滅
「………我は──勇者アリシアの敵を、殲滅するのみ」
その一言は、静かに、しかし確実に戦場を凍りつかせた。
「……クリス……!!」
アリシアは、目を潤ませながら、胸の奥で何かが弾けるのを感じていた。
──キュンッ。
「……ふん、髪が黒くなったくらいで……殲滅ですと? 笑わせな──」
プーゾの嘲笑が途中で止まった。
「……な、何……!? 体が……動か、な……い……!?」
クリスが目を細め、真紅の瞳でプーゾをじっと睨みつけた瞬間──
まるで全身が見えない鎖で縛られたように、プーゾは金縛りに遭い、身動きが取れなくなっていた。
「何をしたぁ貴様ぁッ!!」
怒りとも恐怖ともつかぬ声で叫ぶプーゾ。
だが、クリスはそれを無視し、仲間たちに視線を向け──
両腕を横に突き出し、静かに告げた。
「……しゃがめ」
「はい!」
「お、おう……!」
「は、はいぃっ!」
三人が即座に伏せたその刹那──
「ケシ・トルネード」
クリスの両腕から、黒い閃光が放たれる。
それは身体ごと高速回転しながら周囲に解き放たれ、
四人を取り囲んでいた竜人型の魔物たちを、一瞬にして貫き──
ズバババババンッ!!
全滅。
どこにも逃げ場はなかった。
魔物たちは叫ぶ間もなく、肉も骨もひとかたまりに消し飛んだ。
「…………」
「…………」
「…………」
アリシア、ムサシ、バーバラは、ただ呆然とその光景を見ていた。
「な……なんなんだ、お前はぁ……!」
金縛り状態のまま、プーゾが悲鳴のような声を上げた。
クリスは無言のまま、ゆっくりとプーゾに近づいていく。
「……盾職人は、どこだ?」
「……ふ、ふん……知りませんねぇ!」
──ズバァッ!!
次の瞬間、プーゾの右腕が、黒い閃光によって吹き飛ばされた。
「ぎゃあああああッ!!!」
「……盾職人は、どこだと聞いている」
「い、言うもんか……どうせ、教えたって殺すんだろうが……!? 教えるかよぉ!!」
それを聞いたクリスは、わずかに口元を歪め──
不気味な笑みを浮かべながら、そっと手を差し出した。
「……殺すわけないだろう。僕は、聖職者なのだから」
その言葉に、プーゾの絶望が、かすかに希望へと転じる。
(……信じていいのか……?)
恐怖に震える左手で、クリスの手を取る。
そして、立ち上がりながら、山の方向を振り返り、震える指で指した。
「……あっちだ……」
──ズバンッ!!
プーゾの上半身が、跡形もなく吹き飛んだ。
「…………」
こうして、敵は全滅した。
黒い輝きに包まれていたクリスの身体から、ゆっくりと力が抜けていく。
そして、
「アリシア様!」
と、振り返った先には──
顔を引き攣らせた三人の仲間たちが、しゃがみ込んだまま固まっていた。
(……クリス、あの、これは流石にちょっと……)
(……え……なに、大魔王って……クリスくんのことですか……?)
アリシアとバーバラの内心が、それぞれの表情に露骨に浮かぶ。
しかし、ムサシだけは──
「……おい、クリス。悔しいが完敗だ。だが、次は負けねぇ」
どこまでもブレない剣バカっぷりが、場の空気にヒビを入れた。
(……ムサシさん……!)
クリスは、沈みかけていた心が、ほんの少し浮かび上がるのを感じた。
「……というと……?」
不思議なやり取りに、アリシアとバーバラも、少しだけ口元が緩んでいた。
「……クリスくん、あなた……チートすぎ!!」
「……え?」
予想外のツッコミに、クリスがきょとんとする。
アリシアは、思わず笑いながら駆け寄った。
「アリシア様……?
うわっ!」
勢いよく抱きついてきたアリシアに、クリスがよろめく。
──本当は、「大好き」と言いたかった。
でもそれは、バーバラに言うのとはわけが違う。
勢いだけで口にしてはいけない、大切な言葉だったから。
だから代わりに、アリシアはそっと耳元で囁いた。
「ありがとう、クリス」
その一言には、ありったけの想いがこもっていた。




