第五十三話 開示
晴れ渡る空の下。
勇者アリシア一行は、ついに目的の地──伝説の盾職人が住むと言われている山の麓へとたどり着いていた。
アリシアは、先日までのモヤモヤを完全に吹き飛ばし、笑顔で空を仰ぐ。
「この山ね!絶対いるわ!盾職人の匂いがプンプンするもの!」
「……盾職人の匂い……」
クリスが呟く。
「臭そうだなおい」
ムサシが真顔で言い放ち、バーバラが吹き出した。
「アンタも大差ないわよ?たぶん」
「んだとコラァ!?」
(……アリシアちゃん? 流石にそれはちょっと、聞き捨てならないわね……)
狂愛乙女の地雷を踏んでしまったアリシアであったが、
「冗談よ!」
と、笑いながら、ふたりの顔を見つめて言った。
「ムサシ、バーバラ……あなた達、本当に笑っちゃうくらい強いわ。ここまで難なく来られたのは、ふたりのおかげよ。本当に、ありがとう」
「お、おう……」
ムサシが頬を掻く。
「い、いやぁそんな……」
バーバラも少し照れながら俯く。
(もうっ……アリシアちゃんてば……調子狂っちゃう。ていうかムサシさん、照れるのほんと可愛い〜)
クリスは眼前の山を見上げながら言った。
「しかし、かなり広い山ですね……これは、探すのも一苦労かと」
「まぁ、そのうち見つかるわよ! さ、行きましょ!」
一行が一歩を踏み出そうとした、その時だった。
──ゴオォォ……!
山の上空から、黒い影がいくつも飛来してくる。
それは、剣と盾を持った竜人型の魔物の大群。
そして、中央には一体の人型の魔物が降り立った。
「……何、あれ?」
「皆さん、戦闘体制を!」
「ご馳走が飛んで来たみてぇだな」
「やっちゃいましょう!ムサシさん!」
戦闘モードに入る四人。
前に立つ魔物が、不気味な笑みを浮かべて言う。
「やっとお越しになりましたねぇ、勇者様。お待ちしておりましたよ」
アリシアは剣に手をかける。
「盾を求めてこの山に来たのでしょう?ですが──このプーゾ、それを阻止しろとの命を、四魔王エルギーノ様より賜っております。ここで死んでいただきます!」
「つまり、やっぱりこの山にいるってことだな。……良かったじゃねぇか、アリシア。今回は盾に逃げられなくて」
ムサシがニヤリと笑い、刀を二本抜いた。
「わざわざ教えに来てくれて、ありがとよ!!
──バーバラ!」
「はーい!」
バーバラがムサシに強化魔法を唱えようとした──
その瞬間。
「おっと、いけませんよぉ! マホ・ダーメ!」
呪詛の魔法陣がバーバラの頭上に浮かぶ。
「……あっ、しまった!」
「どした?」
「ごめんなさい……魔法、封じられちゃった!しばらく使えない!」
「なにぃ!?」
「クリス、回復は!?」
「魔封じへの回復魔法は存在しません……成功率が低いため滅多に使われませんが……これは不運です」
「……まあいい。たまには、後ろで黙って見てろよ──俺の剣をな!」
ムサシが突撃する。バーバラは叫ぶ。
「ムサシさん!!」
「私たちも行くわよ、クリス!」
「はい!」
アリシアは剣に炎を宿し、詠唱する。
「モエ・ソード!」
剣が燃え上がる。
バーバラが思わず呟いた。
「アリシアちゃん、魔法剣できるんだ!?」
「やれぇッ!!」
プーゾの号令で、魔物たちが突撃を開始する。
「バーバラさん、ここはむしろ危険です! アリシア様とムサシ様の近くへ!」
「わかった!」
クリスとバーバラも戦線に加わる。
ムサシの剣が魔物の盾を弾き、もう一刀で斬り倒す。
「ちっ、結構かてぇな……!」
アリシアは燃え盛る剣で薙ぎ払う。
クリスは十字を切って詠唱。
「ハヨ・ナリム!」
戦場を覆い尽くすような巨大な魔法陣が出現した。
それは、味方全体の攻撃速度を高める上級補助魔法だった。
「クリス!ありがとう!」
「やるじゃねぇか……! おらぁッ!」
アリシアとムサシの斬撃が、加速する。
一閃ごとに、魔物が悲鳴を上げて吹き飛んでいく。
だが、敵の数は膨大だった。
どれだけ斬っても、どれだけ薙いでも──
「……ぐっ!」
「……クソッ……!」
アリシアの肩口が切られ、ムサシの腹部にも浅い傷が走る。
(このままじゃ……っ)
クリスはすぐさま次の詠唱に移り、再び十字を切る──
──だがその瞬間。
「させませんよぉ!」
プーゾが手を掲げ、呪文を放つ。
「マホ・ダーメ!」
呪いの魔法陣が、クリスの頭上に展開される。
「クリスくん!!」
バーバラの悲鳴。
(……主よ……)
クリスの祈りが、光に変わる。
──「カロ・ナラー!!」
プーゾの封印呪文は失敗に終わり、全体回復魔法の光が戦場に広がった。
「くっ……!」
ゼビルマが舌打ちをする。
「クリス、すごい!!」
「助かるぜ!」
戦況が再び傾く!
「クリスくん……やるね!アリシアちゃんも……こんなに強かったんだ!」
バーバラが感嘆する。
実際、クリスもアリシアも、いつの間にかレベルが上がっていた。
それは、たとえ二人しか戦っていなくても、パーティが四人ならば、経験値はきっちり四人に割り振られる──という、RPG世界の鉄の掟が、この世界にも存在するからである。
つまり、ムサシとバーバラによる日々の駆逐劇のおかげで、アリシアとクリスも知らぬ間に、しっかりレベルアップしていたというわけだ。
ムサシの神速斬撃!
アリシアの燃え盛るソード!
魔物がギャー!ギョエー!と爆散していく!
クリスはバフと回復を切らさぬよう立ち回る。
──だが。
「ここだっ!!」
プーゾが詠唱。
禍々しい電撃魔法が放たれる。
「うあぁっ……!」
「ぐあっ……!」
「アリシア様っ!!」
「ムサシさんっ!!」
クリスが回復を唱えようとするが──
「させませんよぉ!!」
再び電撃がクリスを襲い、痺れをもたらす。
──ついに四人は囲まれた。
「ふっふっふ……ゲームセットです。魔法使い抜きでここまでとは、さすが勇者一行……しかし、ここまでです!」
「みんな……ごめんなさい……!」
──万事休すか。
しかし──
「……クリス、こっち向いて、座ってくれる?」
アリシアの言葉に、クリスは頷いた。
「はい。アリシア様」
クリスが静かに膝をつき、アリシアのほうを向いて座る。
バーバラとムサシは、まだ魔物に向き合ったままだ。
アリシアは、赤面しながらそっとスカートの裾に手をかける。
「……信じてるわ、クリス」
──ぱさっ。
黒のレースパンティが、光を浴びて現れる。
ちょうどクリスの目線の高さに、それはあった。
──────ビリリッ!!
脳裏に稲妻が走る。
白髪が漆黒に染まり、逆立つ。
優しさに満ちた蒼い瞳が、殺意に満ちた真紅に染まる。
──クリス、覚醒。
「……クリス……」
アリシアが、息を呑む。
「……なんですか、それは……」
プーゾが、目を細めながら呟く。
異様な気配を前に、さすがの彼も警戒を隠せなかった。
背後の異変に、バーバラとムサシが振り返る。
「黒くなってる!!」
「てめぇ……味方なんだろうな!?」
──だが、クリスは無言のまま。
殺気に満ちた瞳で、周囲の魔物をゆっくりと見渡す。
まるでムサシの問いかけなど、初めから聞いていなかったかのように。
「おい……何とか言えよ!! クリス!!」
──そして、ついに。
黒の僧侶が、ゆっくりと口を開いた。
「………我は──勇者アリシアの敵を、殲滅するのみ」




