第五十二話 告白
朝。
旅の宿屋。
いつものようにアリシアは着替え場所で下着を選んでいた。
だが、昨日までの"気合い入れ"や"気分を上げる"ための儀式とは、もはや意味がまったく異なっていた。
──それを、クリスが見ると、覚醒する。
そんな謎すぎる、そして爆弾すぎる事実を知ってしまった今、アリシアにとって下着選びは、もはや精神的試練と化していた。
(見せるわけじゃない。でも……見えたら……覚醒するんでしょ? じゃあやっぱり見られてもいいように……可愛いやつを……って、何考えてんの私!?)
無意識に視線が横の台に置かれたペンダントに向く。
クリスからもらった、あの日の贈り物。
──回想──
「では、これは僕からプレゼントさせてください」
「え!? そんなの悪いよ!」
「いいえ。ここまでの旅路のご褒美としては、安いものです」
「……本当に……いいの?」
「もちろんです」
──
(……クリスは、どんな下着が好きなのかな………
って、バカバカバカ!!世界を救う旅をしてる勇者よ、私は!?)
「あぁ〜〜!もう!!」
ドン!
と、つい台を叩いてしまったアリシア。
「アリシアちゃん? 大丈夫〜?」
ドアの外からバーバラの声が飛んでくる。
「あっ、ごめん!ちっちゃい虫が出ただけー!」
「そ。なら良かった〜」
バーバラはマホテインを手に、今日も脳筋剣士のもとへ向かっていった。
(……こんなぐちゃぐちゃな頭で世界なんて救えるわけないじゃない……)
アリシアはふぅーっと大きく息を吐き、ぺちんと自分の頬を叩いた。
(もう……知らない!ズボンなんて持ってないし、そもそも履きたくないし!クリスのバーカ!!こうなったら今日は……エッチなの履いてやるんだから!!)
やけくそになった彼女の手が伸びた先にあったのは、黒のレース下着だった。
*
一方その頃、僧侶クリスはいつものように備え付けの机に向かい、静かに祈っていた。
(主よ……僕のうちに潜む未知の力が……どうか、仲間を守るためだけに使われますように……)
祈りを終えると、クリスは恒例の忘れ物チェックの号令をかけようと立ち上がる。
ちょうどそのタイミングで、着替えを終えたアリシアが戻ってきた。
目が合う二人。
クリスは、まるで善良の権化のような微笑をアリシアに向ける。
アリシアは、思わず頬を赤らめながら──
(……なんなのよ……なんでそんな清らかな笑顔をする男が、パンツ見ておかしくなるのよ……!?)
と、心の中で叫んだ。
*
「うっし……! 今日もいっちょやるか!」
「いっぱい倒しましょうね、ムサシさん(ダ〜リン)♪」
筋肉で脳を動かす剣士と、恋で脳が溶けた魔法使いは、昨日の事件など完全に忘れ、元気いっぱいに魔物駆逐へと出撃していった。
曇り空の下、今日もまた、哀れな魔物たちが“鬼コンビ”の遊戯に巻き込まれ、描写すら許されずに爆散していった。
アリシアとクリスは、無言のまま歩いていた。
昨日の出来事以降、アリシアはずっと沈黙を守っている。
クリスは、彼女の異変に気づいていた。
そして、それが自分の「覚醒」に関係していることも、察していた。
「……アリシア様」
「……」
「きっとアリシア様は、僕の覚醒のことで……何かを知ったのですよね」
「……いや……」
「いえ、言わなくて結構です。言えない事情があるなら、僕はそれを尊重します。ただ……」
「……ん?」
「アリシア様の笑顔が曇るのだけは、本当に悲しい。アリシア様の笑顔は、この世界の宝です」
「……クリス……」
「だから……もし僕がいることで、アリシア様が笑えないのなら──僕は、このパーティを抜けたいと思います」
──バチン!!
唐突な平手打ちが、静寂を打ち破った。
「今、なんて言ったの!? ねぇ……今、なんて言ったのよ……!
なんでそんなこと言うのよ……私は……私は……クリスじゃなきゃ嫌だって、言ったでしょ!!」
クリスは、呆然とした。
「……もういい。もう、疲れた。
教えてあげるわよ、クリス。
あなた……あなたは……私のパンツを見ると覚醒するのよ!!」
「…………は?」
「………昨日の私のイチゴパンツ、見たこと……覚えてないでしょ!?」
「……い……いちご……」
顔を真っ赤にするクリス。
「妄想しないでよ、変態!!」
泣きながら怒鳴るアリシア。
「もうそれしか考えられないの!だって……バーバラのは覚えてるんでしょ!?」
「い、いや!違います!あれは……!」
「……ほら、覚えてる。だけど、その後に私が転んで丸見えになったのは、やっぱり覚えてないんでしょ?」
「……ま……まる……」
──鼻血が垂れた。
「ちょっと!鼻血出てるわよ!!」
アリシアは不覚にも吹き出しそうになった。
無理もない。
パンツを妄想して鼻血を垂らす僧侶の顔面の滑稽さに加え、
「鼻血>赤面」=バーバラに勝利
という謎の数式が頭に浮かんでしまったからだ。
「……しかし、なぜ……アリシア様の……その……」
「言わなくていいわよ。どうせ“なんで私のパンツ見て覚醒するのか”って聞きたいんでしょ?
…………こっちが聞きたいわよ!!」
「……まぁ、それはそうですよね……」
鼻血垂らしながら真顔で言うクリス。
アリシアはついに、吹き出した。
大笑いしながら、ポンとクリスの胸を叩く。
「あ〜あ、もう……なんだか、言ったらスッキリしちゃったわ」
笑顔が戻ったアリシア。
その笑顔を見て、クリスの心もスッと晴れていくのを感じた。
「……ねえ、クリス」
アリシアは、そっと彼に抱きついた。
「もう絶対……抜けるなんて、言わないでね」
クリスは、静かにその背中に手を回す。
「……はい。もう二度と言いません。絶対に」
その瞬間、曇り空が晴れわたるように、二人の心にも光が差し込んでいた。




