第四十四話 魔法の力
「お邪魔しまーす!」
バーバラの明るい声が、静まり返った部屋に飛び込んできた。
タナックは、実際に娘と自分の命を救ってくれたこの小さな魔法少女に、言葉では表せないほどの感謝を抱いていた。
「ようこそお越しくださいました! 皆さんのいる部屋にご案内致します。さあ、どうぞ!」
案内された先の部屋に入ると、バーバラの目に映ったのは、異様な光景だった。
立派な盾の前に佇む、知らない中年の男女が3人。
そのそばでアリシアは目に涙をためながら子供と話し、クリスは顔面蒼白のまま目を閉じて何かを堪え、ムサシはどこか居心地悪そうにうつむいている。
(え……なにこれ? 私がいない間に、いったい何が……)
困惑するバーバラに気づいたアリシアが、顔を上げた。
「バーバラ! ちょうど良い時に来てくれたわ!」
(……え? こ、これが“ちょうど良い時”なの?)
「そ、そう……なんだ。それなら良かった。あはは……」
「ええ!」
アリシアは、ここまでの経緯を簡潔に説明した。
この場に集まっているのは、タナックの亡き妻アマンダの仲間たち。
今まさに彼女の供養をするところだという。
「そうだったんだ……わかった。お待たせしてごめんね」
バーバラは、目の前の光景の重みと意味を理解し、自然と心のリズムを仲間たちに合わせていった。
四人は改めて、アマンダの遺影の前に立ち、冥福を祈った。
タナックとその仲間たちは、その姿にまた涙をこらえきれなかった。
ミーナも、子どもながらに“母を思う人たち”の姿をしっかりと見つめていた。
やがて、三人の仲間たちは辞去の挨拶をし、玄関へと向かう。
タナックは深く頭を下げた。
「大したおもてなしもできず、申し訳ありません……」
「気にすんな! 今日は何より、タナックとミーナちゃんの命の恩人たちを大事にしてくれ! 本屋……本当に残念だったな。でも俺たち、なんでもするから! 一緒に乗り越えようぜ!」
男はタナックとがっちり握手を交わし、三人は笑顔で去っていった。
「バイバーイ! また来てね〜!」
ミーナが元気に手を振ると、三人も満面の笑みで応えた。
*
再びリビングに戻ったタナックは、四人に紅茶を淹れ直した。
「改めて……本当にありがとうございました。特に、バーバラ様……!」
「い、いえっ! そんな! ミーナちゃんが無事で、本当に良かったです!」
(ホント、こういうの慣れてないんだって! 照れる!)
頬を赤らめながら、バーバラは紅茶に口をつけた。
しばらくして、アリシアが思い出したように聞いた。
「そういえば、落とし物は見つかったの?」
「いや、実はね──」
*
──時は少し遡る。
焼け落ちた書店の前には、すでに人だかりができていた。
警備隊はまだ到着しておらず、バーバラはすかさず店内に入った。
「……よし、まだいけるわね」
焼けた棚、本、焦げた床――バーバラはひとつひとつ確認していった。
「本は……もう無理ね。棚はまだ使えそう。壁や床の焼け跡……まあ、“風情”と捉えれば……ギリギリ?」
そして、バーバラは店の外に立ち、店内に向かって呪文を唱えた。
「──アツ・マーレ!弱!」
灰や燃え滓が、バーバラの足元へと一斉に吸い寄せられた。
「おお〜!!」
群衆がどよめく。
「これは後で誰かに掃除してもらうとしてっと……」
今度は左手を温め、右手を添えて──
「フカ・レーロ!温!」
湿気を帯びていた店内が、一瞬で乾いた。
「うおお〜!!」
バーバラは鞄を取り出し、再び呪文を唱える。
「アツ・マーレ!」
限界を保っていた本たちが、次々に魔法の鞄に吸い込まれていく。
※魔法の鞄:魔法王国アヴァロットで開発された、世界に流通する鞄。中が無限の魔法空間になっており、必要な物をイメージすれば自在に取り出せる。
「よーし、とりあえずここまで!」
杖にまたがり、空へ浮かび上がるバーバラ。
「すみませーん! そこの塵掃除しといてくださーい! 警備隊来たら止めといてー!」
「任せとけ〜!!」
群衆が一斉に応える。
*
話を聞き終えた室内は、静まり返っていた。
「……それは、本当なのですか……?そんな……ことが……」
信じられないという表情のタナック。だが、その目には確かに、希望の光が宿っていた。
「はい!そろそろ見に行った方がいいかもですね。住民の皆さん、警備隊と戦ってるかもしれませんし!」
「い、行かせてください!ミーナ、行こう!」
「うん!」
「私たちも行きましょう!」
アリシアが感動を抑えきれず、声を上げる。
一同は、タナックの書店へと駆け出した。
*
現場では、警備隊と群衆が押し問答の真っ最中だった。
「通してください!火災現場の確認です!」
「タナックさんが来るまで待っとけや、このすっとこどっこいが!!」
すると、誰かが叫んだ。
「あっ!来た!あの魔法の嬢ちゃんだ!タナックさんもいるぞ!」
道が開かれる。
書店の前に立つタナックの目に映ったのは──
焼け跡が残る中にも、整然と並んだ本棚。まるで、文化遺産のような静かな荘厳さ。
「………こんなことが……」
「さてと、じゃあ仕上げね」
バーバラは魔法の鞄を地面に置き、軽く手を叩いた。
「攻撃魔法書、出なさい!」
すると、鞄の中から大量の魔導書がふわりと浮かび上がり、宙に舞った。きらきらと光を帯びながら、空中でくるくると回転している。
「タナックさん、攻撃魔法の棚ってどこですか?」
「え!? あっ、はい!あちらです!」
「──トン・デキーナ!あっち!」
魔導書たちは蝶のようにひらひらと舞いながら、タナックの指差す棚へと飛んでいき、吸い込まれるように綺麗に収まっていった。
「うぉ〜〜〜!!」
群衆が大きな歓声を上げる。
「次は補助魔法の本、出なさい!」
また新たな本が、ぱらぱらと浮かび上がる。
「タナックさん、次は?」
「そ、そちらです!」
「──トン・デキーナ! そっち!」
同じく蝶のように舞いながら、補助魔法の本がスルスルと棚に収まる。
そして──
「回復魔法書、魔法の歴史書、戦略書、哲学書、魔法小説、自己啓発書……出なさい!」
ジャンルごとに次々と本が現れ、タナックの指示に従って本棚へと吸い込まれていく。
その光景を見ながら、タナックの目に涙が浮かぶ。
棚を指示する声を出しながらも、止められない。
彼の隣で、アリシアの目にも涙が溜まり始めていた。
クリスとムサシは、呆然とその光景を見つめるしかなかった。
まるで、奇跡が目の前で繰り広げられているかのようだった。
「いけ〜〜!!」
群衆が叫ぶ。
「いけ〜〜!!」
ついには警備隊までが声を上げた。
「パパの本屋さんが……パパの本屋さんが……なおってく……!」
ミーナの声が、まっすぐに響いた。
「よしっと。これで、とりあえず商売はできそうね!」
目の前には、魔導書でぎっしりと埋まった、静謐で美しい魔法書店が広がっていた。
タナックは震えながら、膝をつき、バーバラの手を取った。
「……バーバラ様……!このご恩……一生忘れません!!」
「い、いや!焼け跡は直せないから、そのうち買い替えてください!」
「いえ!このままで良いのです…このままが良いのです!」
「パパ!またお仕事できるの?」
「ああ、できるさ!このお姉さんのおかげでな!」
「わぁ〜い!おねーさん、ありがとー!」
「えへへ、どーいたしまして!」
群衆も警備隊も一緒に、歓声を上げる中──
「……バーバラ……バーバラ〜!」
アリシアが、涙をボロボロ流しながら飛びついた。
「うわっ!? ビックリした〜!」
「大好き!!」
その言葉に、バーバラは初めて、にっこりと微笑んだ。




