第四十三話 形見の盾
「はい。実は……妻の形見なのです」
「えっ……」
アリシアが息を呑む。
「……そうでしたか」
クリスが静かに目を伏せる。
「………すまなかった」
ムサシが低く、真摯に頭を下げた。
タナックは穏やかに微笑んで、首を横に振る。
「いや、本当にお気になさらないでください。妻も……勇者様に使っていただけるなら光栄だって、渡していいわよって言うかもしれませんしね」
その言葉に、アリシアは思わず壁に飾られた家族三人の写真へと視線を移した。
幸せそうなその笑顔を見て、込み上げるものを懸命にこらえる。
「……その……奥様は、なぜ?」
クリスの問いに、タナックは一度まぶたを閉じ、そして静かに語り始めた。
「はい。妻は冒険者で、戦士でした。家計を支えるため、この街の冒険者協会からの依頼で遠征することが多くて……その中で、不運にも強い魔物と遭遇してしまったようです」
「……そんな……」
「どんな依頼も、妻はいつも同じ三人の仲間と一緒にこなしていました。ちょうど……あなた方のように」
タナックの目が、優しくアリシアたちを見つめる。
「そして、戦士である妻はパーティの盾役でした。命を落としてしまいましたが……彼女のおかげで、仲間たちは生き延びることができたんです」
「……恨んでねぇのか? その仲間達とやらを」
「最初は……もちろん、恨みました。なぜ妻だけが、と。けれど、その三人も……僕と同じくらい、いや、それ以上に苦しそうにしていて……。
きっと今でも、あの日のことを悔やみ続けていると思います。
だから僕も……受け入れるしかないと」
言葉のひとつひとつが、重かった。
クリスは、自分たちの旅路を思った。
アリシアが“盾役”として、常に最前線に立つということ。
それが、どれだけ危うく、どれだけ……恐ろしいことか。
頭では理解していた。
けれど、今の彼には、それが体に染みるように、深く、深く刻まれていた。
ましてや、つい先ほどまでアリシアと二人の過ごしたばかりだ。
愛しさと、恐怖と、無力感が入り交じり、クリスはただ拳を握るしかなかった。
「……アリシア様……やはり……」
その時──
玄関の扉をノックする音が響いた。
「すみません、ちょっとお待ちください」
タナックが立ち上がり、扉を開ける。
そして、三人の客人を中へと招き入れた。
戻ってきたタナックが、少しだけ驚いたような表情で告げる。
「すみません……実は今日は、妻の命日でして。
先ほどお話しした、彼女のかつての仲間の方々が……供養に来てくれたようです」
アリシアは驚き、目を伏せ、少しの間、言葉を選んだ。
「……あの、タナックさん。もしよければ……私たちにも、奥さんの供養をさせていただけませんか?」
タナックは、目を見開き、そしてすぐに深く頷いた。
「もちろんです! 妻も……きっと喜びます。ありがとうございます、勇者様!」
*
タナックに案内され、三人はひとつの部屋へと通された。
その部屋の中心に飾られていたのは、堂々たる鋼の盾。
その前には、一枚の写真が立てかけられていた。
凛とした美しさを湛える、ひとりの女性──それが、アマンダだった。
三人の元仲間たちは、静かに手を合わせていた。
やがて、真ん中に立つ女性が涙を流しながら口を開く。
「……アマンダ……会いたいわ……本当に……ごめんね……ありがとう……」
その声に、左右にいた男たちもつられて涙を流し始めた。
その姿を見て、クリスの胸は締め付けられるようだった。
それは、ただの他人の物語ではない。
いつか自分たちにも起こりうる未来。
拳が震え、歯が軋む。
その横でアリシアは、そっと涙を流していた。
だがその涙は、恐れや不安のそれではなかった。
それは、“仲間の存在の尊さ”に改めて触れたことによる、優しく強い涙だった。
盾役としての覚悟は、揺らぐどころか、さらに深まっていた。
一方、ムサシは、ようやく盾の前に写真が飾られていたことに気付き──
先刻の自らの無遠慮さを、静かに反省していた。
*
「パパー?」
子どもの声が部屋に響いた。
ミーナが、寝ぼけ眼で部屋に入ってくる。
「ミーナ、起きたのか」
タナックが優しく迎えると、涙を拭いた女性がにこやかに声をかけた。
「ミーナちゃん! また可愛くなったわねぇ〜!」
二人の男も、涙の跡を指で隠しながら、優しく笑った。
「ママに会いに来てくれたんだね! ありがとー!」
ミーナの言葉に、三人の目から再び、今度はあたたかい涙がこぼれそうになる。
──その時。
玄関の扉を叩く音が、また響いた。
タナックが立ち上がり、扉を開ける。
「お邪魔しまーす!」
明るい声が飛び込んできた。
──バーバラだった。




