第四十二話 書店主の家にて
一同が書店主の家の前に辿り着くと──
不意にバーバラが、
「……あれ? ごめんなさい、ちょっと落とし物しちゃったかも。先行ってて!」
そう言って、ひらりと踵を返し、来た道を駆け戻っていった。
「バーバラ!……行っちゃった」
アリシアが声をかけるも、バーバラは手を振ってそのまま去っていく。
「すぐに来んだろ。先に上がらせてもらおうぜ。小便してぇんだ」
「……あぁ、そう。はい。では」
ムサシの言葉にアリシアが微妙な顔をしつつも、書店主の男──タナックは眠っているミーナをそっと抱えながら、優しく微笑んだ。
「どうぞ、お入りください」
「お邪魔しまーす!」
「お邪魔致します」
「邪魔するぜ。便所貸してくれるか?」
「ええ、どうぞこちらです。」
ムサシは一目散にトイレへ向かっていった。
「……かなり我慢していたようですね」
(クリス…拾わなくて良いから…)
*
家の中は、ごく普通の民家。
木の温もりが感じられる床、年季の入ったソファ、家族の写真が飾られた棚。
テーブルの上には、折り紙で作られた謎の生き物たちが並んでいる。
「素敵なお家ですね!」
アリシアが心からの笑顔でそう言うと、
「ありがとうございます。狭い家ですが……どうぞ、そちらにおかけください」
タナックはそう言って、リビングのテーブルを指差した。
「ありがとうございます! 失礼しまーす!」
「失礼致します」
二人が腰を下ろすと、タナックは台所へ紅茶の準備に向かった。
その間、アリシアとクリスは室内を見回す。
壁には家族で写った写真、ミーナの描いたと思しき絵が色とりどりに貼られている。
「仲の良い家族みたいねぇ」
「ええ」
アリシアとクリスが微笑み合うころ、タナックが湯気の立つティーカップを運んできた。
「どうぞ、召し上がりください」
「ありがとうございます! いただきます!」
「いただきます」
タナックも向かいに腰を下ろし、深く頭を下げた。
「改めまして、この度は本当にありがとうございました。私はタナックと申します。あとのお二方が来られましたら、また改めてお礼を申し上げますが、まずはお二人に……」
「とんでもないです! 当然のことをしただけです。顔を上げてください、タナックさん」
恭しく顔を上げると、タナックはゆっくり尋ねた。
「皆様は……どういった方々なのですか?」
アリシアは、自分が“勇者”であること、大魔王を討つ旅の途中であることを説明した。
「なんと……勇者様でしたか……! あのタイミングで来てくださるなど、神様のおかげとしか……」
目を潤ませ、タナックは感謝の表情を浮かべた。
「タナックさんの祈りが届いたのでしょう」
クリスが静かに微笑んで言う。
そのとき──
トイレからムサシが戻ってきた。
「随分長かったわね」
「ほっとけ!」
(アリシア様……そこは、ほっときましょう……)
タナックは思わず吹き出しそうになりながら言った。
「皆さん、本当に仲が宜しいのですね」
タナックが紅茶を入れようと席を立とうとした時、ムサシがふと口を開く。
「おい、あっちの部屋に盾があったぞ、アリシア」
「………ねぇ………」
(……主よ………)
紅茶「………」
──RPGのお約束、“他人の家の宝箱は調べてOK理論”は、この世界では通用しないようだった。
しかし、タナックは嫌な顔一つせず、むしろ肩を揺らしながら微笑んだ。
「気にしないでください。ふふっ、面白い方だ。むしろ……おかげで、何だか気持ちが少し楽になってきましたよ」
「そんな…! タナックさん、良い人すぎますよ! 本当に躾がなってなくてごめんなさい!」
「……あぁ? お前が盾探してるって言うから教えてやっただけだろうが!」
「はい、そこまで。場所をわきまえてください。ミーナちゃんが起きてしまいます」
クリスが静かに嗜める。
「……そうだな、すまん」
「はっはっは。大丈夫ですよ、剣士さん。
この家にあるもので、役に立つものがあれば何でも持っていって頂きたいのですが……あの盾だけは、お渡しすることができないのです。申し訳ありません」
「そうか。わかった」
(わかったじゃねーわ!)
「ありがとうございます、タナックさん! そのお気持ちだけで救われます!」
クリスは、タナックの言葉の端に何か特別な想いを感じ取り、静かに尋ねた。
「……すみません。もちろん頂く気はないのですが、その……何か特別な盾なのですか?」
タナックは、ほんの少し遠くを見るような目で、ゆっくりと頷いた。
「はい。実は……妻の形見なのです」




