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第四話 森を抜けて

ザルマデスの情けない咆哮が、森の闇に消えていった。


クリスの体を包んでいた黒き覚醒の力も、すぅっと引いていく。

髪は白く戻り、瞳は碧色と優しさを取り戻す。

そして、ふと我に返った。


「……ん? 僕は……」


見渡すと、地面に倒れているアリシアの姿が目に飛び込んできた。


「アリシア様!!」


クリスは咄嗟に駆け寄り、震える手で回復の呪文を唱える。


「カロ・ナーレ!」


淡い光がアリシアを包み込み、彼女の顔にゆっくりと血色が戻る。

まぶたがぴくりと動き、アリシアは小さく呻いた。


「……う、うん……? ここは……?」


「アリシア様! ご無事ですか!」


「クリス……? 私たち、生きてるの? ザルマデスは……!?」


必死に問いかけるアリシア。しかしクリスは首を振るしかなかった。


「僕にも、何がどうなったのか……まったく……」


2人は見合い、混乱したまま森の中を見渡す。

だがザルマデスの姿はどこにもなかった。


「……とにかく、ここを離れましょう。まずは森を抜けましょう!」


クリスの提案に、アリシアも大きくうなずいた。



2人はふらつく足取りで森を抜けた瞬間、

広大な平原が一気に視界いっぱいに広がった。

重く淀んだ森の空気が、爽やかな風に変わる。


「……あっ!」


クリスが指差す先に、灯りがいくつも瞬いている。

どうやら街があるようだった。


「アリシア様、あそこに街が見えます。今日のところは、あそこで休息をとりませんか?」


「うん……そうしましょう! もう限界よ……」


2人は力を振り絞り、平原を歩き出す。

道中、いくつかの魔物たちに襲われたが、互いに支え合い、戦い、なんとか撃退した。


そして――


「……ついた!」


目の前に現れた街は、白い石造りの家々が立ち並ぶ、美しい街並み。

街の名前は「リンドバーグ」。


「やっと……ついたわ。素敵な街ね!」


アリシアが目を輝かせる。


「本当ですね。街の雰囲気を楽しみたいところですが……今は、宿で休みましょう。あちらに灯りが見えます。」


クリスは街の中ほどにある温かな灯りの宿を指差した。


2人は互いに顔を見合わせ、笑い合った。

それから、足取りも少しだけ軽くなった気がした。


2人はほっとした表情で、宿屋へ向かった。



宿屋の一室。


入浴を済ませたアリシアはベッドに腰掛けながら、ぽつりと漏らす。


「……ホントに、ザルマデスはいったいどうなったのかしら……」


クリスも隣の椅子に座り、腕を組む。


「僕にも、よくわかりません。ただ……ザルマデスから追撃を受け、気絶するまでは覚えています。

 かなり深い傷を負ったはずなのに……目を覚ましたら、傷は完全に癒えていて、ザルマデスも、どこにもいなかった……」


「……不思議としか、言いようがないわね……」


アリシアはベッドにごろんと横になり、考え込むが――やがて、あきらめたように笑った。


「……今は考えても仕方ないわね。もう寝ましょうか。眠い……おやすみー……」


「はい、おやすみなさい、アリシア様。……って、もう寝てる。」


クリスはふふっと優しげに笑い、そっと毛布をアリシアにかける。

そして、静かに灯りを落とし、自分も眠りについた。



そのころ――


漆黒の空に浮かぶ、魔王城。


その玉座の間に、慌ただしい足音が響き渡る。


「大魔王様! ご報告があります!」


ひざまずく魔族の使者が、緊張した面持ちで声を張り上げた。


「ザルマデス様が……勇者に敗れました!」


「……ほう。」


玉座の上、大魔王がゆったりと笑った。


「四魔王のうち、最も弱きザルマデスとはいえ……旅立ったばかりの勇者に敗れるとはな。

 期待外れも、いいところだ。」


大魔王は退屈そうにあくびをかみ殺し、玉座に肘をつく。


「さて……次は誰が行く?」


すると、闇の中から、三体の異形の魔物たちが現れた。


その中の一匹、図体のでかい、筋肉だるまの魔物が前へと進み出る。


「次はこの俺様だァ!」


魔物は拳をぶんぶんと振り回し、うなり声を上げた。


「ぶっ殺してやるぜぇぇぇ! 待ってろよ、勇者ぁ!!」


闇に響く、魔物たちの狂気の咆哮――


勇者たちを待ち受ける新たな脅威が、今、動き出していた。

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