第四話 森を抜けて
ザルマデスの情けない咆哮が、森の闇に消えていった。
クリスの体を包んでいた黒き覚醒の力も、すぅっと引いていく。
髪は白く戻り、瞳は碧色と優しさを取り戻す。
そして、ふと我に返った。
「……ん? 僕は……」
見渡すと、地面に倒れているアリシアの姿が目に飛び込んできた。
「アリシア様!!」
クリスは咄嗟に駆け寄り、震える手で回復の呪文を唱える。
「カロ・ナーレ!」
淡い光がアリシアを包み込み、彼女の顔にゆっくりと血色が戻る。
まぶたがぴくりと動き、アリシアは小さく呻いた。
「……う、うん……? ここは……?」
「アリシア様! ご無事ですか!」
「クリス……? 私たち、生きてるの? ザルマデスは……!?」
必死に問いかけるアリシア。しかしクリスは首を振るしかなかった。
「僕にも、何がどうなったのか……まったく……」
2人は見合い、混乱したまま森の中を見渡す。
だがザルマデスの姿はどこにもなかった。
「……とにかく、ここを離れましょう。まずは森を抜けましょう!」
クリスの提案に、アリシアも大きくうなずいた。
*
2人はふらつく足取りで森を抜けた瞬間、
広大な平原が一気に視界いっぱいに広がった。
重く淀んだ森の空気が、爽やかな風に変わる。
「……あっ!」
クリスが指差す先に、灯りがいくつも瞬いている。
どうやら街があるようだった。
「アリシア様、あそこに街が見えます。今日のところは、あそこで休息をとりませんか?」
「うん……そうしましょう! もう限界よ……」
2人は力を振り絞り、平原を歩き出す。
道中、いくつかの魔物たちに襲われたが、互いに支え合い、戦い、なんとか撃退した。
そして――
「……ついた!」
目の前に現れた街は、白い石造りの家々が立ち並ぶ、美しい街並み。
街の名前は「リンドバーグ」。
「やっと……ついたわ。素敵な街ね!」
アリシアが目を輝かせる。
「本当ですね。街の雰囲気を楽しみたいところですが……今は、宿で休みましょう。あちらに灯りが見えます。」
クリスは街の中ほどにある温かな灯りの宿を指差した。
2人は互いに顔を見合わせ、笑い合った。
それから、足取りも少しだけ軽くなった気がした。
2人はほっとした表情で、宿屋へ向かった。
*
宿屋の一室。
入浴を済ませたアリシアはベッドに腰掛けながら、ぽつりと漏らす。
「……ホントに、ザルマデスはいったいどうなったのかしら……」
クリスも隣の椅子に座り、腕を組む。
「僕にも、よくわかりません。ただ……ザルマデスから追撃を受け、気絶するまでは覚えています。
かなり深い傷を負ったはずなのに……目を覚ましたら、傷は完全に癒えていて、ザルマデスも、どこにもいなかった……」
「……不思議としか、言いようがないわね……」
アリシアはベッドにごろんと横になり、考え込むが――やがて、あきらめたように笑った。
「……今は考えても仕方ないわね。もう寝ましょうか。眠い……おやすみー……」
「はい、おやすみなさい、アリシア様。……って、もう寝てる。」
クリスはふふっと優しげに笑い、そっと毛布をアリシアにかける。
そして、静かに灯りを落とし、自分も眠りについた。
*
そのころ――
漆黒の空に浮かぶ、魔王城。
その玉座の間に、慌ただしい足音が響き渡る。
「大魔王様! ご報告があります!」
ひざまずく魔族の使者が、緊張した面持ちで声を張り上げた。
「ザルマデス様が……勇者に敗れました!」
「……ほう。」
玉座の上、大魔王がゆったりと笑った。
「四魔王のうち、最も弱きザルマデスとはいえ……旅立ったばかりの勇者に敗れるとはな。
期待外れも、いいところだ。」
大魔王は退屈そうにあくびをかみ殺し、玉座に肘をつく。
「さて……次は誰が行く?」
すると、闇の中から、三体の異形の魔物たちが現れた。
その中の一匹、図体のでかい、筋肉だるまの魔物が前へと進み出る。
「次はこの俺様だァ!」
魔物は拳をぶんぶんと振り回し、うなり声を上げた。
「ぶっ殺してやるぜぇぇぇ! 待ってろよ、勇者ぁ!!」
闇に響く、魔物たちの狂気の咆哮――
勇者たちを待ち受ける新たな脅威が、今、動き出していた。