第三十七話 四人の幕開け
シルドーニャの宿屋にて──
新たな仲間・バーバラと共に迎えた初めての朝がやってきた。
更衣室では、アリシアが白地にハート柄の下着を身につけながら、鏡の前で笑みを浮かべていた。
「女の子の仲間が入ったことだし、今日は可愛いのにしよーっと」
備え付けの机の前では、クリスが静かに手を組んでいた。
(主よ……新たなる仲間と共に始まる今日という一日を、どうかお見守りください)
そして部屋の隅では、逆立ちしたまま腕立て伏せをこなす影──ムサシである。
「……ふぅ……ふぅ……ふぅ……」
彼をじっと見つめる視線があった。
バーバラだ。
(起きた瞬間から筋トレだなんて……これが剣士として高みを目指す男の姿……素敵……)
ムサシが腕立てを終え、ふと視線を感じて振り返ると、ぽーっと彼を見つめているバーバラと目が合った。
「ん? どうかしたか?」
「ひゃっ……! いえっ! すみません、つい見惚れてしまって……!」
(きゃ〜!つい本当のこと言っちゃった!「見てんじゃねえよ」とか言われそう……!)
しかし、彼女の予想とは裏腹に、ムサシは少し頬を赤らめて言った。
「そ、そうかよ」
(えっ……もしかして照れてる!? え、意外と効いてる!? なにこれ、初日の朝から最高の出だしじゃない!? テンション爆上がりなんですけど!!
……てか……照れるなんて、ムサシさん、かわゆす……!)
バーバラに見惚れられ、すっかり調子に乗ったムサシは、今度は勢いよく腹筋を始めた。
(ここでテンションに釣られてキャーキャー言ったら負けよ、バーバラ。ここは優雅に……しとやかに……)
「……素敵……」
ムサシの腹筋は加速した。
(やっぱり絶対効いてるわ!よし、このまま“淑女戦法”でいくわよ!)
ムサシが腹筋を終え、背筋に移ろうと体を伏せたタイミングで、着替えを終えたアリシアがやってきた。
「はい、終わりよー脳筋さん」
「あぁ? まだまだこれからだが」
「もうすぐチェックアウトなの。早く支度しなさーい」
「背筋だけやらねぇで終われるか。アホめ」
「アホはあんたでしょうが、どう考えても!」
……と叫びそうになったアリシアだったが、ふと視線を感じて口を閉じた。
新参者のバーバラの前で、暴言を吐くわけにはいかない。
「ごめんね〜バーバラ。この剣士、いつもこんな調子だから、気にしないで!」
(しめた!これは絶好のチャンス!勇者様、あざっす!)
「いえ、朝から自分を追い込むなんて、剣士として立派だなと思います」
(来たっしょこれ!ホームランっしょこれ!)
その言葉に、ムサシの目が輝いた。
「……お前、……いい目してんな!!」
仲間を見つけたような目で、バーバラをまっすぐに見つめるムサシ。
(きゃ〜〜!! そんなに見つめないで〜〜! 死ぬ〜〜!!)
一方、ピュア代表のアリシアはというと──
(そっか。確かにそういう見方もあるわよね……バーバラ、凄いなぁ)
と、尊敬のまなざしで彼女を見つめていた。
そのとき、クリスが椅子から立ち上がり、真面目な顔で口を開いた。
「皆さん、そろそろチェックアウトの時間です。支度はお済みですか? 忘れ物はありませんか?」
修学旅行の先生か。
吹き出しそうになるのを堪えながらも、バーバラは目をキラリと光らせる。
「背筋、お忘れですよ。ムサシさん!」
「うぉら〜〜〜!!!」
(かわいい〜〜〜!!)
ムサシの神速の背筋が終わり次第、一行はロビーへと向かい、宿屋を後にした。
*
空は、雲ひとつない快晴だった。
「今日もいい天気ね〜!」
「はい。散策日和ですね。アリシア様、どこか行かれますか?」
「うん! 今日の一番の目的は、もちろん盾探しよ! でもね、昨日見かけたアクセサリー屋さんがすごく気になってて……ちょっとだけ覗いてみたいなって思ってるの」
クリスは微笑みながら、
「そうですか、それは良いですね」
と言った。
昨日酒場でアリシアが話していたことは、やはり耳に入っていなかったのだった。
しかしアリシアも、昨日自分がそんな話をしたことなどすっかり忘れているので、特に問題にはならなかった。
「ねぇバーバラ!アクセサリー屋さん、一緒に行かない?」
(うぅっ! このキラキラした感じ、めっちゃ断りづらい……でもごめんアリシアちゃん。私にはプランができちゃったの。たった今)
「気になる! だけど今日はちょっと本屋さんに行って、気になってる魔道書でも見てみようかなって思ってるの」
「そっか〜。残念。……ねぇ、クリスはアクセサリーなんて見ないわよね?」
アリシアが苦笑しながら尋ねると──
「い、いえ! アリシア様、ぜひお供させてください……!」
と、クリスは顔を真っ赤にしながら答えた。
(はっは〜ん。なるほどなるほど。今ので二つわかったわ。
一つ、アリシアちゃんは少なくともムサシさんには興味なし。Good!
二つ、クリスくんはたぶんアリシアちゃんのことが好き。んふふ……文句なしよ、あなたたち!)
こうして、待ち合わせの時間と場所を決めた後、アリシアとクリスはアクセサリー屋へ向かって歩き出す。
残ったのは、バーバラとムサシの二人だけ。
(あぁ……緊張する!)
「ムサシさん、どこか行かれるんですか?」
「いや、テキトーに散歩でもするかな」
(そーくると思ってましたよムサシさーん!)
「でしたら、本屋さんに行く途中に、確かマホテインの店があったと思うんですけど……一緒に行きませんか?」
「は? マホテイン?」
「はい。筋トレの効果を高める、魔法のドリンクです」
「そんなのがあるのか!? そいつは興味あるぜ!」
「では、行きましょうか!」
(イェーイ!プラン大成功〜〜!!)
──バーバラの“乙女の戦略”は、順調に滑り出したようだった。




