第三十四話 事の真相
不倶戴天の敵──
そう思っていた女が、自分のことをまったく覚えていなかった。
普通の男なら、屈辱に震え、逆上してもおかしくはないだろう。
だが、我らが僧侶クリスは違った。
(なるほど……確かにあの時、僕は彼女にひどいことを言われた。忘れられないほどに。でも彼女からすれば、酔っぱらってる時に、つまらない男に話しかけられただけの話……記憶にないのも当然だな)
理性的に、あまりにも理性的に、敵意を処理するクリス。
むしろ彼は安堵していた。
(良かった……覚えていないのなら、また一から関係を築ける。きっと、仲間として良好な関係を──)
そうしてクリスは、バーバラに深々と頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
その真摯な姿を見て、アリシアは改めて思った。
(やっぱり、クリスって本当に誠実で素敵な人……)
「そしたらさ、どうしようか? バーバラとも色々話したいけど、四人席はなかなか空かなそうだし……」
「そうですね。でしたら、ここでの会はここでお開きとして、どこか別の場所にでも……カフェなどでも」
クリスの提案に、バーバラは苦笑まじりに答える。
「いえいえ〜、お気遣いなく〜。またカウンター戻って飲みましょ、ムサシさん!」
(ん?)
アリシアが小さく首を傾げた、その瞬間。
「……あ? 二人とも話しといた方がいいだろ。おい、クリス。お前こっち来いよ」
ムサシが当然のように呼びかける。
「……あ、はい。わかりました」
クリスは、アリシアとの時間が終わったことを悟りながら、ゆっくりと席を立とうとした。
しかし──
「でもせっかくだし、最初はみんなで話したいな! クリスの言う通り、場所を変えましょ!」
(アリシア様……!)
「そうか。わかった。んじゃ、出るか」
結局、四人は店を移ることになった。
ムサシとの二人時間が消滅したことを悟ったバーバラのテンションは明らかに急降下し、
「……お任せしまーす」
と、棒読みで言った。
*
──事の真相は、こうである。
その夜、バーバラはいつものようにカウンターで一人、ビールを飲んでいた。
特に目的もなく、なんとなく街をさまよい、なんとなく入った酒場。
いつものように、暇で、気だるく、退屈だった。
そこに現れたのが──ムサシだった。
粋なマスターとの短いやりとりのあと、
「一番うまいやつをくれ」
とだけ言って、黙って琥珀色のシングルモルトを口にするその姿。
長身、筋肉質、無口、不敵な眼差し。
彼女にとっての男の色気の全てを、ムサシは放っていた。
何かが、弾けた。
(……かっこいい……どうしよう……一人なのかな?……えい、もう話しかけちゃえ!)
「お兄さん、お一人ですか〜?」
「……いや。別の席で仲間が二人飲んでる」
「へぇ〜。旅人さんなんですね〜?」
「……ああ」
グラスを持ち上げ、再び静かに口をつけるムサシ。
(……それ! それよ!! なにその静かな色気!!
酒飲んでるだけなのに……なんでこんなセクシーなの!? 助けて! 死ぬ!!)
まさかの尊死寸前。
リンドバーグでクリスをボロカスに斬り捨てたこの女が、
脳筋剣士が黙ってウィスキーを飲むだけの姿に惚れ込んでいたのである。
その頃、ムサシは店内を見渡しながら思っていた。
(……そろそろどっか空かねぇかな?)
だが、ふと視線の先に、明らかにヤバい目でこちらを睨みつけてくる男が一人。
──クリスだった。
(……なんだあいつ? 目がいってんな。まさかここで覚醒なんてしねぇよな……!?)
ムサシが席を立とうとした、まさにその瞬間。
バーバラの中で決意が固まった。
(もういいや! この人に二度と会えないなんて絶対イヤ! この際、ぶっ込んじゃえ!!)
「──あの! 私、魔法使いなんですけど……仲間に入れてもらえたりしませんか!?」
「……魔法使い? ああ、いいぞ」
「……え? ほんとですか!?」
「ああ」
(え?……うそ……何この神展開!? 死ぬ!! てか旅とかやばい!! 服も香水もリップも下着も! 準備全然してないのに!! あああ〜〜〜ッ!!)
こうしてムサシとバーバラは、アリシアたちの席へと向かっていった。
その途中──
バーバラの姿を見たクリスの目は血走り、唇は痙攣し、最終的に顔を伏せた。
そんな様子を見ながら、ムサシは首を傾げる。
(……大丈夫かあいつ。けど髪色そのままってことは、覚醒じゃねぇな。酒でも飲んだか? 飲めねぇのに無理すんなっての)
──筋肉で組み立てた脳内推理で、ムサシはひとまず納得したのだった?




