第三十一話 シルドーニャ
ここは、職人の街「シルドーニャ」。
石畳の道沿いに、小さな工房や手仕事の店がずらりと並び、街全体に温かな灯りと木の香りが漂っている。鍛冶屋の打つ鉄音、革細工屋の打ち具の音、そしてカフェの湯気に混じる香ばしい匂い──
人々の暮らしが息づく、活気と優しさの入り混じった街だった。
「素敵な街ね! お店がたくさん並んでるわ!」
アリシアが目を輝かせる。
「そうですね。散策が捗りそうです」
クリスもその様子に微笑んだ。
「……あんまり」
「興味ねぇのね。知ってます」
「んだよ! 文句あんのか!?」
「ないわよ。あなたはこれからも、斬って斬って斬りまくってください」
──普通なら、嫌味に聞こえてもおかしくないセリフだが、我らが純粋脳筋剣士・ムサシは、
「お、おう。任せろ」
と、どこか照れくさそうに頷いた。
そんなやりとりに微笑みながら、クリスはふと思案する。
「今日はもう日が沈んできましたし……散策は明日にして、ひとまず夕食のお店を探しませんか?」
「さんせーい!」
「確かに腹減ったな……」
あれだけ一人で暴れ倒していたのだ、当然腹は減るであろう。
*
三人は、通り沿いにあった評判の良さそうな店に入った。
それは──手打ちうどんの店だった。
店員に注文して間もなく、湯気の立つ名物うどんが運ばれてくる。
「いただきます」
クリスは、今日も無事に仲間と食卓を囲めることを神に感謝しながら、手を合わせる。
「いただきまーす!美味しそ〜!」
アリシアは、目の前のうどんに目をキラキラさせながら手を合わせる。
ムサシは、
「パチン!」
と、無言で手を合わせる。
うどんを一口すすると──
「うん……美味しい!」
「コシがあり、しかし喉越しは柔らかい……見事です」
「こりゃうめぇな! 替え玉くれぃ!」
「かしこまりました〜!」
「ムサシ、あなたもう少しよく噛んで味わって食べなさいよ」
「あぁ? なんだお前、お袋みたいなこと言うんじゃねえよ」
その言葉に、アリシアはふと、ナゴミが大食い早食い少年のムサシに手を焼いていた日々を思い浮かべる。
心の中に、あたたかな灯がともるようだった。
「やっぱり……ナゴミさんにも言われてたのね」
嬉しそうにそう言う彼女に、ムサシはちょっと口元を歪めてそっぽを向いた。
*
店を出ると、入り口には「本日うどん完売」の札がかかっていた。
「すごい……完売だって! 美味しかったものねぇ!」
「もっと食いたかったけどな!」
(はい。おそらくあなたが食べすぎたので、完売なのです)
──クリスは心の中でそっと突っ込んだ。
三人は街灯のともる夜道を歩きながら、宿屋へと向かっていった。
途中、通りに面した酒場を見つけたムサシが、ふと足を止めて言った。
「おい、酒場があるぜ。一杯飲んでかねぇか?」
「いいわね! 行きましょう!」
酒が苦手で、リンドバーグでの苦い記憶もあるクリスは、遠慮がちに言った。
「僕は……先に宿屋に入ってます」
だが──
「え〜! 一緒に行こうよ、クリス!!」
アリシアに引き留められたその一言が、思いがけずクリスの胸に響いた。
(アリシア様が……僕と……)
「わ、わかりました。アリシア様……お供させてください」
少し顔を赤らめながら、クリスは静かに頷いた。
──こうして、三人は夜の街に灯る、にぎやかな酒場の扉を開いた。




