第二十九話 勇者、宝箱を開ける
ダンジョン最深部。
静寂が戻った円形の大広間に、三人の勝利の余韻だけが満ちていた。
「やった……やったわ! クリス! ムサシ!」
アリシアが高らかに声を上げる。
「はい! やりましたね、アリシア様!」
クリスも爽やかに微笑む。
ムサシは──
「ふっ! せい! そらよ!」
「……ムサシさん?えっと……もう敵はいませんよ?」
クリスが控えめに声をかけるも、ムサシは一人、見えぬ敵と真剣にスパーリングを続けていた。
「クリス、放っときましょう。もうね、あれは病気よ、病気」
「しかしアリシア様、もしかすると混乱魔法の影響かもしれません。念のため、混乱回復魔法を──」
だがそのとき、ムサシが不意に手を止めた。
「ふぅ……良い修行だった!」
スパッと満足げに切り上げると、魔法をかけようとするクリスに気づき、眉をひそめる。
「……あぁ? どうしたお前?」
「……いえ、大丈夫なのですね。よかったです」
(……いくらなんでも善良すぎるわ、クリス)
アリシアは心の中でため息をついた。
(それにしてもあの脳筋……いったい何と戦っていたのかしら)
──だが、今はそんなことよりも。
「宝箱〜〜〜〜〜っ!!」
待ちに待った黄金の宝箱が、目の前の祭壇に堂々と鎮座している。
アリシアはルンルン気分で駆け寄り、手を胸に当てた。
(昨日、二人に伝えた決意──
この伝説の盾を手に、私は大切な仲間たちを守る。みんなの力で、大魔王を倒す……!)
この特別な瞬間を、かけがえのない仲間たちと分かち合いたい。
そう思って振り返ると──まずやって来たのは、信頼の僧侶クリス。
「アリシア様、いよいよですね」
「うん!」
続いてやって来るのは──剛腕の剣豪ムサシ。
のはずだが、
待てども待てどもやって来ない。
後ろを振り返ると──
「……は?」
その男は、扉を開けて帰ろうとしていた。
黒衣を翻し、二本の刀を揺らしながら。
その背中はまるで、「仕事終わったし帰るわ」とでも言っているかのようだった。
「………………
こらぁぁぁぁぁああああああっっ!!」
アリシアは怒涛の勢いでムサシに飛び蹴りをかました。
「いってぇ!! なにすんだテメェこら!?」
「宝箱開けんのよ!!」
「んなもん、勝手に開けりゃいいだろうが!!」
「一緒に開けたいのよ! バカ!!」
「バカだと!?てめぇ……」
ムサシが噛みつき返そうとしたそのとき──
アリシアの目には、うっすら涙が浮かんでいた。
「……わかったよ。んなに怒んなくてもいいだろうが……」
さすがのムサシも観念し、アリシアに手を引かれるまま、祭壇へ向かった。
──そして、三人はついに、宝箱の前に立った。
「……いい? 開けるわよ?」
「はい」
「早くしろよ」
アリシアは、深呼吸を一つ。
神妙な面持ちで、両手でゆっくりと黄金の蓋を開く。
──パカッ。
中に入っていたのは──鳥の模型の頭の部分だった。
「……え?」
「……これは……」
「……なんだ、頭しかねぇのか」
アリシアは、ツッコむ気すら湧かなかった。
「……何よ、これ……盾……じゃ、ないじゃない……あはは……私の……盾ぇ……あははは……!」
完全に思考停止した勇者は、虚ろな目で笑いながらその場にへたり込んだ。
クリスは、「混乱魔法によらない混乱には、魔法は効かない」と頭では理解しながらも、アリシアの様子にいてもたってもいられなかった。
「シズ・マーレ!」
混乱回復魔法が、祈るようにアリシアへ向けて放たれる。
「アリシア様!お気を確かに!アリシア様ぁ!!」
そんな中、ムサシが呆れたようにボヤいた。
「おいおい……さっきからお前は何してんだよ、クリス」
「ムサシさんは少し黙っててください!」
珍しく、クリスが怒った。
その声だけが、静寂のダンジョンに響き渡っていた。




