第二十一話 別れの時
朝の光がコジーロ村に降り注ぐ。
どこまでも澄みきった青空は、まるで新たな門出を祝福しているかのようだった。
「……うん。今日はこれだな」
アリシアは、着替え部屋で身支度を整えながらそっと頷いた。
選んだのは、純白の下着。
“新たな旅立ちにふさわしい、清き決意の象徴”だった。
*
一方、ムサシの部屋では、クリスが静かに目を閉じていた。
(……主よ。このコジーロ村に、変わらぬ平穏と笑顔を。
そして、僕たちの新たなる旅路に、光を与えたまえ)
*
「よしっ!」
気合いを入れた声とともに、アリシアは部屋を出る。
やがて、支度を終えた三人は、コジーロの家の玄関に揃った。
そこへ、ひと振りの刀を手にしたコジーロが現れる。
「ムサシ、これを持っていきなさい」
静かにそう言って、刀を差し出す。
「この刀は……」
それは、二十年前の旅でコジーロ自身が振るった愛刀──
「村政宗」。
「わしが、かつて使っていたものじゃ。しっかりと打ち直してある。まだまだ現役じゃぞ」
ムサシは刀を手に取った。
鋭い切れ味を持つ名刀であるが、その真価は──
「……軽い」
そう、異常なまでの軽さにある。
しかし、ムサシにとってその刀は──重かった。
それは、父から託された事実の重みと、
自分がこれから背負うべき覚悟の重みだった。
「……受け取った」
短く、しかし揺るぎないその言葉に、コジーロは深く頷いた。
「……良し」
コジーロは静かに言った。
「家の者みなで、村の入り口まで見送りに行こう」
「ありがとうございます!嬉しいです!」
アリシアは元気に笑い、皆で村の道を歩き出した。
すれ違う村人たちは、皆に声をかけてくる。
「ありがとう、アリシア様!」
「クリス君、また来てね!」
「ムサシ、頼んだぞ!」
「村は任せろ!しっかりやってこい!」
温かい言葉が背中を押してくるたびに、旅立ちの実感が深まっていく。
──やがて、一行は村の門へとたどり着いた。
「うぅ……ムサシぃ……」
ナゴミが目に涙を浮かべながら、むせび泣く。
「お袋……そんなに泣くなって。ちゃんと帰ってくるからよ」
「ぐすっ……ムサシ……気をつけるんだよ……風邪ひかないようにね……うぅっ……」
母の涙に、アリシアも思わず目頭を押さえた。
そして、コジーロが一歩前へと出て、ゆっくりと息を吐く。
「……ではな、ムサシ。行ってこい」
「おう」
父と子の短い別れの言葉は、それだけで十分だった。
笑顔で別れようと決めていたリョーマは、胸いっぱいの寂しさをこらえながら、コジーロの真似をして声を張る。
「行ってこい!」
「ったく……最後まで生意気なガキだぜ!」
ムサシも、笑って返す。
そして——
「……じゃあな、リョーマ。行ってくる」
「……おう!!!」
リョーマは涙をこらえ、力強く応えた。
その目には、確かな誇りが宿っていた。
「アリシア様、クリス君……ムサシのこと、よろしくお願いします」
コジーロがそう頭を下げると、アリシアとクリスも深く頷いた。
「はい!皆さんもお元気で!」
「またいつの日かこの村を訪れる日を、楽しみにしています」
──こうして。
拍手と歓声、そして温かな言葉を背に受けながら。
三人は、コジーロ村を後にした。
その背中には、剣と祈りと、希望があった。
*
──その頃。
大魔王城。
漆黒の闇に包まれた玉座の間には、凍てつくような静けさが支配していた。
「ジャダム様!ご報告を!」
魔物のひとりが、慌ただしく膝をつく。
「ドスコムーアが……やられました!」
玉座にふんぞり返るのは、巨大な漆黒の影
——大魔王ジャダム。
「……ほう。ドスコムーアもやられたか。 思っていたより、骨がありそうだな……勇者め」
「それが……」
魔物が顔を上げる。
「報告によりますと、ドスコムーアを葬ったのは……勇者ではなく、仲間の僧侶とのことです!」
「……なに? 僧侶だと……?」
ジャダムの目が細められる。
「はい。何でも、突如として髪が白から黒へと変化し、
一瞥でドスコムーアを麻痺させたとのこと。
そして、恐るべき魔法により──」
「…………まさか……」
大魔王の声が、ひときわ低くなる。
「……いや……そうだ……」
「……ジャダム様?」
「もうよい。下がれ」
「はっ!」
魔物は恐れおののきながら、すぐさま姿を消した。
──玉座に、静寂が戻る。
ジャダムはゆっくりと立ち上がった。
その一歩ごとに、玉座の間の空間が歪み、壁にかけられた魔族の旗が呻き声を上げるように揺れた。
邪悪な気配が、まるで生き物のように足元から這い上がってくる。
「……くっくっく……やればできるではないか……イヴリンめ……ふはははは……」
その瞬間、城全体がわずかに震え、底知れぬ邪気が静かに世界へと広がり始めた──。




