第十九話 村長の宝物
「流石はモーゼフの息子といったところじゃな、クリス君」
モド・ラナクを見事に習得した二人を見て、コジーロは目を細めて微笑んだ。
「……ありがとうございます」
クリスが頭を下げる横で、アリシアが手を叩いてはしゃいだ。
「クリス、すごいわ! ま、私には最初からわかってたけどね!」
照れ笑いするクリス。
「うむ……さて」
コジーロは真剣な表情に戻り、語りかける。
「この“モド・ラナク”で魔族を斬れば、その部分は再生不可能となる」
「……えっ!?」
アリシアは目を丸くし、驚きの声を漏らす。
「それって……強すぎじゃない!?」
「それは……戦いがかなり有利になりますね」
クリスは冷静に頷く。
「うむ」
コジーロは頷いた。
「魔王級の敵ともなれば、大抵“瞬間再生”を持っておるが、聖なる力である回復魔法を使える魔族は、存在せん」
「ということは……!」
アリシアが目を輝かせる。
「うむ。敵は確実にダメージが蓄積していく一方、こちらには僧侶の回復がある──」
「つまり……」
「ほぼ負けない、ということじゃ」
アリシアとクリスは顔を見合わせ、無邪気に喜び合った。
しかし、コジーロの声がすぐにトーンを変える。
「……じゃが、それは“地力”があることが前提じゃ。
いくら回復できるとはいえ、敵の一撃で瀕死になるようでは話にならんし、そもそも、相手に傷一つつけられぬような火力では、“モド・ラナク”に意味はない」
「……なるほど」
「“モド・ラナク”はな、“斬れるようになる技”ではない。
“斬ったら戻らなくなる技”じゃ。……そこのところ、忘れぬようにな」
「……はい、忘れません!」
(※忘れそう!)
*
こうして秘剣の伝授を終えた三人は、再び居間のちゃぶ台を囲んで、ほっと一息ついていた。
「お疲れ様〜。ごゆっくりね〜」
ナゴミがやさしくお茶を運んでくる。
「……あぁ……美味しい……」
アリシアとクリスは、思わずため息を漏らした。
「妻のお茶は美味いじゃろ? わしの自慢じゃ」
「ええ、本当に美味しい! 身体だけじゃなく、心も温まるわ……」
「奥様とは、どちらで……?」
クリスがふと、コジーロに尋ねる。
コジーロは、手元の湯呑みをそっと置きながら言った。
「──長くなるが、良いかの?」
「……はい」
コジーロは、少し懐かしむように、語り始めた。
「大魔王を封印したあと……わしらは勇者を失い、自然とパーティは解散した。残されたわしは、一人で放浪の旅に出た。大魔王の封印が解けるまでに、自分にできることは何か……世界を巡りながら、考えようと思ったのじゃ」
「……」
「じゃが、見つからなかった。剣しか脳のないわしには、結局、魔物を斬ることくらいしかできんかった。……でも、魔物が静まった世界で、それは無力に等しいものじゃった」
彼の声に、一瞬だけ影が差した。
「──しかし」
再び顔を上げたその目には、どこか光が宿っていた。
「旅の中で、いろんな人々を見て思ったのじゃ。
人は、物質的に満たされていても、必ずしも幸せではない。
平和な世界でさえ、どこか満たされぬ顔をした人間が多かった」
クリスは、神妙な面持ちで、深く頷いた。
「わしは考えた。人はどうすれば、"心豊かに"生きていけるのかと。……そして、出したひとつの答えが、“人から人への思いやりの連鎖”じゃ。無論、これはわしの答えにすぎん。じゃが、わしはそれを信じて──人々がそうあれるような村を、自分で興そうと決めたのじゃ」
「……そうだったんですね……素敵……」
「そして、何をすればよいかもわからぬまま、手探りで村おこしを始めた頃……リンドバーグの花屋で、ナゴミと出会ったのじゃ」
「……」
「ナゴミは、わしの夢に共感してくれた。裸一貫だったわしを、今日までずっと支えてくれておる。わしの人生の──最高の宝物じゃ。……旅の仲間には悪いがのう。ほっほっほ」
その笑顔は、照れながらも誇らしげだった。
アリシアは感動のあまり、涙を浮かべながら微笑んだ。
「……なんて、美しい話なの……」
「──そして」
コジーロは、ふと語気を落とした。
「村興しの最中、森で捨てられていたムサシと、出会った」
「……!」
「その時は、本当に貧しくてな……育てられるかどうか、わからなかった。……でも、ナゴミが“絶対に育てる”と言って聞かなんだ。
そうして──ムサシが、家族になったのじゃ」
アリシアの目から、静かに涙がこぼれた。
1歳で両親を失い、孤児院で育てられた彼女は、血のつながりのない子に注がれる“本物の愛”の尊さを、誰よりも知っていた。
クリスはそっと手を差し伸べ、彼女の背に優しく触れる。
──そのまま、ふと問いかける。
「……あの……コジーロ様。その……父とは……なぜ、疎遠になったのでしょうか……?」
空気が、一瞬、止まった。
コジーロの表情が、ふっと曇る。
さっきまでの穏やかさが消え、何かを飲み込むように口を閉ざした。
「……それは……」
言いかけたところで──
「よう。まだやってんのか、話」
階段を降りてくるムサシの声が、場の空気を切り裂いた。




