第十七話 弟の覚悟
傾きかけた陽が、村長宅の裏庭をやさしく照らしていた──
そこは、家主であるコジーロが、二人の息子達のために手ずから整えた、ささやかな稽古場だった。
中央で木刀を手に向き合う、ムサシとリョーマ。
「そろそろかのう」
コジーロの低く重みのある声が、張り詰めた空気に静かに溶ける。
「いつでも良いぜ」
ムサシは片手で木刀を肩に担ぎ、余裕の笑みを浮かべていた。
「……お願いします」
対するリョーマは緊張を押し殺しながらも、真っ直ぐに兄を見据えていた。
その周囲には、アリシアとクリスをはじめ、村の面々が自然と集まっていた。
村長の妻ナゴミ、ナゴミの友人達、リョーマを遊びの誘いに来た子どもたち、郵便配達員、兄弟対決の噂に興味を惹かれて観に来た村一番の美女、彼女に見惚れてついてきた男達、などなど。
小さな村の騒がしさと温もりが、まるで祭りのように広がっていた。
「──はじめ!」
コジーロの一声を合図に、リョーマが吠えるように突っ込む。
「うぉぉおおおおっ!!」
バチン!
軽々と弾くムサシ。
「まだまだぁっ!!」
バチン!バチン!バチン!
リョーマは果敢に打ち込み続ける。
だがムサシはそれを、まるで風をあしらうように受け流す。
「だから言ってんだろうが。がむしゃらなだけじゃ意味ねぇって。昨日までと何も変わっちゃいねぇ!」
ドンッ!
ムサシの一撃が、リョーマの木刀を弾き飛ばし、彼の体を後ろへと吹き飛ばす。
「くそっ……!」
ゆっくりと詰め寄るムサシ。
「やっぱりまだまだお前に任せるわけにはいかねぇな」
じりじりと下がるリョーマ。
(……やっぱり兄貴は強い……!でも、今日だけは……!)
と、その時。
傍で観戦している村一番の美女の姿が、視界の隅に映り込んだ。
「……!」
ムサシが近づく。
「ふん。よそ見とは余裕だな。明日からまたしごき直してやるよ」
──その瞬間。
リョーマが素早く腰を落とし、構えを変える。
居合──!
風を裂くように、木刀が美女の方向へ振り抜かれた。
ヒュン!
風圧が彼女のスカートを捲り上げる。
「きゃっ!」
「なっ……!? 水色……!」
(あ、私と一緒だ!)
アリシアが心の中で呟く。
ムサシの目が泳ぐ。
だがすぐに、別の危機が脳裏をよぎった──
(……待て、クリスは!?)
そっと視線を向けると、クリスは赤面しているものの、覚醒の気配はない。
(やっぱ、パンツだけじゃ覚醒しねぇのか……まあ、そりゃ──)
バコォンッ!!
ムサシの脳天に、リョーマの木刀が炸裂した。
「ぐぉあっ!!」
「一本ッ!! そこまでじゃ!!」
コジーロの声が響く。
「……はぁ、はぁ……やった……!」
「おいリョーマ! 汚ねぇぞっ!」
その言葉に、美女は顔を真っ赤にして怒る。
「はぁ!? 汚いって何よ!」
アリシアも自分のことのように怒る。同じ色だっただけに。
「違う!そういう意味じゃ──!」
美女を前に、実は普段よりも無駄にカッコつけていたムサシは、うろたえる。
だが、リョーマはゆっくりと顔を上げ、涙を浮かべて口を開いた。
「汚くたって……構うもんかよ」
「……あぁ?」
「どんなに……汚い手使おうが、どんなにカッコ悪く戦おうが……俺が、この村を守ってみせるからよ……!」
涙が頬を伝う。
「世界を……救ってきてくれよ……兄ちゃん!!」
──兄ちゃん。
その言葉に、ムサシはぴたりと足を止めた。
過去がフラッシュバックする。
捨てられていたリョーマを見つけ、「俺がこいつの兄ちゃんになる!」と宣言した少年の自分。
「お兄ちゃん!」と笑ってついてきた、あの無邪気な弟。
時に泣いて、時に笑って、時にぶつかって──
気がつけば、こんなにもでかくなった。
「……ったく、泣き虫が生意気なこと言いやがって……」
ムサシは背を向け、顔を隠すようにして唸る。
誰にも見せたくない、込み上げる涙がそこにあった。
その姿に、周囲は静まり返る。
ナゴミはハンカチで目元をぬぐい、コジーロはどこか誇らしげに微笑んでいた。
そして、コジーロが一歩前へ出る。
「ムサシよ。男に、二言はないぞ」
「……あぁ。わかってるよ」
ムサシはくるりと振り返り、弟の前に立つ。
「俺が戻るまで……この村を絶対に守ってみせろ、リョーマ!!」
リョーマは涙の中に笑顔を浮かべ、力強く叫んだ。
「おうよ!!!」




