第十六話 父と弟
農家の居間。
ちゃぶ台を囲む三人の視線が、
村長コジーロの一言を待っていた。
まるで国の命運を決する軍議のような、張り詰めた空気。
コジーロは静かに口を開く。
「まず、お前さん方に教えるべきことは──魔族の“瞬間再生”への対処法じゃ」
その言葉に、三人は息を呑んだ。
「大魔王はもちろん、四魔王をはじめ、強力な魔族の多くは──昨日おぬしらが苦しんだ、あの理不尽な再生の力を持っとる」
アリシアはわずかに顔を歪めた。
「……切っても切っても再生される、あの能力……思い出しただけでも、絶望的な気持ちになるわ……」
ムサシも険しい顔で応じる。
「……ああ。だが……股間を狙えば効くんだよな?それが対処法なんじゃねぇのか?」
「確かに、股間は魔族にとって最大の急所じゃ」
コジーロは頷く。
「だが──実際にやってみてどうじゃ? 一撃入れるまでに、随分と苦労したろうて。しかも、当てたとしても、硬化魔法で剣が通らぬ」
ムサシは黙り込む。
確かに、あの“鉄壁の下腹部”には、己の剣すら押し返された。
「魔王級の魔族なら、あの硬化魔法は標準装備と思ったほうがええじゃろう」
「……それなら、別の方法があるということですね?」
と、クリスが問う。
「ああ。ある」
コジーロの目が鋭く光った。
「それが──勇者と僧侶による“連携技”じゃ」
「……勇者と僧侶の、連携……技……?」
アリシアが目を見開く。
「そうじゃ。かつて君らの父──勇者デイビッドと僧侶モーゼフは、この技により、魔族の瞬間再生を無力化しておった」
「……教えてください!」
アリシアは身を乗り出す。
「慌てるな。ちゃんと教えてやる。あとで裏の稽古場でな」
そのやりとりを見守っていたムサシが、ふいに口を挟んだ。
「ちょっと待て。勇者と僧侶の連携技? ……その内容を、剣士の親父が教えられるのかよ?」
「理屈と方法はな。わしはそれを間近で、何度も何度も見てきたからのう。もちろん、わし自身がその技を使うことはできん。お前にもな、ムサシ」
ムサシはふんと鼻を鳴らす。
「……興味ねぇな」
コジーロは続ける。
「だが、その技で敵に傷を刻んでいけば──お前の剣も、敵を斬れるようになるのじゃ」
「………?」
ムサシはわずかに眉をひそめたが、何かを感じ取るように、黙ってコジーロを見つめた。
そこまで語ったところで、コジーロは少し言葉を区切り、
表情を柔らげた。
「アリシア様……クリス君……」
静かに、だが確かな意志をもって、語りかける。
「君たちも、ぜひこのムサシを連れて行ってくれんか? きっと君たちの力になる。わしは──そのために、この子に剣術のすべてを教えた」
アリシアは思わず椅子を乗り出すように身を起こし、
「もちろんです! 願ってもないことです! ムサシさんほどの剣士が仲間になってくれたら……こんなに心強いことはありません!」
クリスも、穏やかながら確かな口調で頷いた。
「僕も同じ気持ちです。ムサシさんと共に戦えること、心から光栄に思います」
その言葉に、ムサシが驚いた顔で振り返る。
「は……? おい、親父、勝手なこと言ってんじゃ──」
「これは、わしが決めていたことじゃ。ムサシ──お前が、楽しそうに木の枝を剣に見立てて振り回しておった、あの頃からな。……村のことなら、心配せんでよい」
「勝手に決めるなっつってんだよ!」
ムサシが声を荒げる。
「俺がいなくなったら、誰がこの村を──」
「──いけよ、兄貴」
その声が割って入った。
居間の入口。
柱の陰に隠れて聞き耳を立てていたリョーマが、ついに姿を現した。
「リョーマ……!? なんだお前、いたのか!? ガキは引っ込んでろ!」
「……だから、いつまでガキ扱いしてんじゃねーよ!!」
リョーマの目が、真っ直ぐムサシを射抜く。
「俺だって、剣を磨いてきた! 兄貴の代わりに、この村を……俺が守ってやる!!」
「……お前、自分が昨日、どんな化け物と向き合ったか忘れたのか!? お前がいたって、どうにもならねぇだろうが!」
「あんなのが来たら兄貴がいたってどうにもならねーだろ!!」
バチンと火花が散るような応酬。
ムサシが拳を握り締める。
「てめぇ……屁理屈ばっか抜かしやがって! いつからそんな生意気に──」
「──やめろ、お前たち」
重く、威圧を孕んだ一喝。
口論は、ぴたりと止まった。
コジーロはゆっくり立ち上がると、厳しい表情で二人を見渡した。
「よかろう。ならばこうしよう。裏庭で勝負じゃ。ムサシ──リョーマと一戦交えてみよ。一本取られたら、お主は勇者様について行け」
「……は?何を言い出すかと思えば……」
ムサシは肩をすくめながらも、不敵に笑った。
「いいぜ。望むところだ」
コジーロはリョーマに視線を移す。
「リョーマ。どうじゃ?」
リョーマは、かつて一度もムサシから一本を取ったことがない。
口の中がカラカラになるほど緊張し、喉が鳴った。
だが、それでも目を逸らさず、唇をきゅっと引き結び──
「……いいぜ。兄貴、先に荷物まとめとけよ」
「寝言は寝て言え、馬鹿野郎。お前が俺から一本取れるわけねぇだろうが」
「それは昨日までの話だ。今日の俺は……昨日までとは違うんだよ!」
少年は叫び、
兄は立ち上がる。
そうして──
二人の“兄弟決戦”は、裏庭の稽古場で幕を開けた。




