第百十六話 運命
「勇……者?」
マリアンは呆然と呟いた。
助産師は神妙な面持ちで頷く。
「……はい。今の光こそ、その証です。私はかつてデイビッド様がお産まれになる際にも立ち会いましたが、同じように光を放たれました。誇ってくださいませ!マリアン様!」
だが──マリアンの表情はどんどん曇っていった。
「………誇ってください……? ふざけないでよ……この子が……私の可愛いアリシアが……デイビッド達でも勝てなかった敵といつか戦うっていうの!? 冗談じゃないわよ!!!」
怒りと絶望に震えながら、泣き叫ぶ。
「………そんな………」
イヴリンも、震える手を口元に添えながら、崩れるように膝をつく。
モーゼフは静かに目を閉じ、何も言わず祈るようにその場に立っていた。
助産師はすぐに頭を下げる。
「……申し訳ございません、マリアン様。配慮が、足りませんでした……デイビッド様のお母様は、お喜びになったのを覚えておりまして……ついあのようなことを……」
悔いの滲む声でそう告げると、彼女はその場を辞そうとする。
「何かお困りのことがありましたら、またいつでもお呼びください!私にできることなら何でも致します。では、私はこれで。失礼致します」
くるりと背を向けたその瞬間──
「待ってください!」
マリアンの声が呼び止めた。
「……すみませんでした。私もつい、言いすぎてしまいました……お名前、教えて頂けませんか?」
助産師は驚きに目を見開き、そして涙ぐむ。
「……コニアと申します」
「コニアさん……本当に、ありがとうございました。あなたのおかげで、アリシアを無事に産むことができました……どうかお気をつけて」
コニアは深く、深く頭を下げ、部屋を後にする。
──カタンッ。
扉の音と同時に、マリアンの肩が再び震え始める。
「……どうして……どうして私の大切な人ばっかり……勇者って、世襲なの?……あんまりじゃない!神様!!」
見るに見かねたイヴリンが、モーゼフに向き直って問いかける。
「……ねえ、モーゼフ。勇者として産まれたら、絶対に私の父と戦いに行かないといけないの? 勇者じゃないと、倒せないの?」
モーゼフはゆっくりと首を縦に振る。
「……勇者がいないと、使えない技があるんだ。その技がないと、大魔王はおろか、四魔王にさえ、きっと歯が立たない。それに──」
彼は、赤子のアリシアを見つめながら言葉を継ぐ。
「……誰が止めようとも、きっとアリシアちゃん自身が、世界を救いに旅立つことを選択する。勇者っていうのは、そういう存在なんだ……」
「……そう、なんだ……」
沈黙。
そして──
マリアンは、涙を拭って、大きく深呼吸し、言った。
「……もう、考えるのやーめた!大魔王はあと二十年寝てるのよね? まだまだ先の話よ! もう、知らない!」
そして、抱いた赤子に顔を近づける。
「ね〜、私の天使ちゃ〜ん、ママでちゅよ〜」
その声に、アリシアはニコッと笑った。
「ヤバい……どうしよ……可愛いんですけど!!」
モーゼフは、その尊いほどの明るさに胸を打たれ、心の中で呟いた。
(勇者と結婚し、勇者を産んだ女性。そして、この太陽のような明るさと、底知れぬ愛の深さ。神が本当にお選びになられたのは………マリアンさん、あなたなのかもしれない)
「ねえイヴリン!もっとこっち来て!」
「えっ? う、うん……」
イヴリンがアリシアの横に座ると、
「ほぉら、アリシア〜、イヴリンだよ〜。ママの、世界で一番の友達。可愛いでしょ〜?」
アリシアは、イヴリンの顔を見て、またニコッと笑った。
「……か、可愛すぎる……」
イヴリンの目には、再び涙が滲んでいた。
「でしょ〜!? モーゼフも来てー!」
「はーい!」
ノリノリのマリアンのテンションに合わせて、モーゼフもぎこちない笑顔でアリシアに顔を寄せる。
「アリシアちゃん、モーゼフだよ〜」
「オギャ〜!オギャ〜!!」
「え!?ど、どうしよう!ごめんなさい!!」
テンパるモーゼフ。
「アッハハハハ! テンパりすぎー!!」
「僧侶でもテンパる時はテンパるのですよ!アリシアちゃ〜ん、笑って〜〜」
「オギャ〜!オギャ〜!!」
「あっはは!」
と、イヴリンまで珍しく声をあげて笑った。
こうして、過酷な運命を背負って産まれた勇者の人生は──
母の偉大なる明るさと、母を心から大切に思う二人の友人により、賑やかに始まったのであった。




