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黒の僧侶  作者: 吉田何某


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第百十三話 ふたりの夜

出産日が近づくにつれて、マリアンは一人で店を切り盛りするのが困難になっていった。


しかし、開店時に背負った借金はまだ返済途中。

これから産まれてくる娘のためにも、できる限り稼いでおきたい──そんな思いを胸に、マリアンは不安を抱えながらも店に立ち続けていた。


そんなある日──


「ねぇマリアン。私に、仕事教えてほしい。私も一緒に働くから」


不意にそう切り出したイヴリンに、マリアンは目を丸くした。


「えっ……!?イヴリン……本当に?」


その瞳に、涙がにじむ。


「うん。お腹の子のためにも、一人で無理しちゃダメだって。モーゼフも賛成してくれたの」


「うぅぅ〜……イヴリ〜ン……大好き!!」


マリアンは感極まり、そのままイヴリンに抱きついた。


こうしてイヴリンは、マリアンの店で働くことになった。


イヴリンは賃金を一切受け取らないと頑なに言い張り、その代わりに「日当として下着を一組貰う」という謎の契約を強引に取り付けた。


さらに彼女はモーゼフにも提案する。


「マリアンが一人暮らしなのも気になってたから、出産までは私と一緒に暮らしてもらえないかな?その間、あなたはお父さんの部屋に」


その提案に、モーゼフは深く頷いた。


──イヴリンの心が、どんどん“人”に近づいている。


その成長が、何よりも嬉しかったのだ。



数日後──


マリアンの引っ越しが完了し、モーゼフの部屋での共同生活が始まった。


「イヴリン、モーゼフ……本当に、ありがとう!!」


マリアンは荷物を置くと、深く頭を下げて感謝を述べた。


「正直、どうしようって思ってた……このご恩は、絶対に返します!」


「マリアン、私達はしたくてしてるの。返してもらうことなんて、何もないよ。ね、モーゼフ?」


「はい。マリアンさんに、そんなふうに感謝してもらえるだけで、僕たちはもう十分です。これからも、このアリエヘンで、ずっと一緒に支え合いながら生きていきましょう」


その言葉に、マリアンの目からまたポロポロと涙がこぼれた。


「私は……本当に恵まれてるなぁ……」


三人はお互いを見つめ、優しく微笑み合った。



その夜。


三人で夕食を終えたあと、モーゼフが立ち上がる。


「では、僕は父の部屋に。二人が入浴を終えたら、教えてください。僕はその後に入ります」


「うん、わかった」


「モーゼフ!本当にありがとう!」


モーゼフはふたりに柔らかく微笑むと、そっとドアを閉めた。


──カタン。


やがて、イヴリンが入浴の順番をモーゼフに知らせに行き、ふたりの女だけの夜が始まる。


「ねぇイヴリン。今日はどんな下着、着て寝るの?」


「今日は……これ」


イヴリンは寝巻きをずらし、白地にピンクのハート柄の下着を見せる。


「えっ!? うそ!?」


マリアンが驚いた様子で寝巻きをずらすと、なんと全く同じデザインの下着が──


「えっ……すごい……!」


「ふふっ。イヴリンと一緒に暮らせるのが嬉しくて、なんとなくこれ選んじゃったんだぁ」


イヴリンも、そっと頬を染める。


「……私も、同じ」


マリアンは感極まり、イヴリンに抱きつこうとするが──


「……イタっ!」


お腹を押さえ、少し顔をしかめる。


「マリアン!? 大丈夫!?」


血相を変えるイヴリンに、マリアンは笑みを浮かべながら応える。


「ごめんごめん!この子、今蹴ってきた……!」


「……すごい……もう、生きてるんだね……」


「うん。頑張って、生きてる」


そして、ふとマリアンが訊ねた。


「ねえ、イヴリン。そういえば、聞いたことなかったんだけど……あなたのお母さんって、どんな人だったの? あれ……魔物?」


イヴリンは少しだけ沈黙して、口を開いた。


「……母は、人間だったみたい。私を産んで、すぐに死んじゃったって。だから、どんな人だったかは、私にはわからない。でもね、父が言ってた。“この世で最も愚かな人間の女”だったって」


「え……」


「だから……きっと、すごくいい人だったんだと思う」


マリアンの目から、ぽろりと涙が落ちる。


「……絶対、素晴らしい人だったに決まってる……イヴリンの優しい心は、お母さんがくれたんだよ……」


「そうかな……でも、その心を起こしてくれたのは──マリアンと、モーゼフだよ。絶対に」


そう言って、イヴリンの目からもまた、涙が落ちた。


こうして、夜が深まるごとに──


大魔王の娘と勇者の妻との友情もまた、深まっていくばかりであった。

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