第百十三話 ふたりの夜
出産日が近づくにつれて、マリアンは一人で店を切り盛りするのが困難になっていった。
しかし、開店時に背負った借金はまだ返済途中。
これから産まれてくる娘のためにも、できる限り稼いでおきたい──そんな思いを胸に、マリアンは不安を抱えながらも店に立ち続けていた。
そんなある日──
「ねぇマリアン。私に、仕事教えてほしい。私も一緒に働くから」
不意にそう切り出したイヴリンに、マリアンは目を丸くした。
「えっ……!?イヴリン……本当に?」
その瞳に、涙がにじむ。
「うん。お腹の子のためにも、一人で無理しちゃダメだって。モーゼフも賛成してくれたの」
「うぅぅ〜……イヴリ〜ン……大好き!!」
マリアンは感極まり、そのままイヴリンに抱きついた。
こうしてイヴリンは、マリアンの店で働くことになった。
イヴリンは賃金を一切受け取らないと頑なに言い張り、その代わりに「日当として下着を一組貰う」という謎の契約を強引に取り付けた。
さらに彼女はモーゼフにも提案する。
「マリアンが一人暮らしなのも気になってたから、出産までは私と一緒に暮らしてもらえないかな?その間、あなたはお父さんの部屋に」
その提案に、モーゼフは深く頷いた。
──イヴリンの心が、どんどん“人”に近づいている。
その成長が、何よりも嬉しかったのだ。
*
数日後──
マリアンの引っ越しが完了し、モーゼフの部屋での共同生活が始まった。
「イヴリン、モーゼフ……本当に、ありがとう!!」
マリアンは荷物を置くと、深く頭を下げて感謝を述べた。
「正直、どうしようって思ってた……このご恩は、絶対に返します!」
「マリアン、私達はしたくてしてるの。返してもらうことなんて、何もないよ。ね、モーゼフ?」
「はい。マリアンさんに、そんなふうに感謝してもらえるだけで、僕たちはもう十分です。これからも、このアリエヘンで、ずっと一緒に支え合いながら生きていきましょう」
その言葉に、マリアンの目からまたポロポロと涙がこぼれた。
「私は……本当に恵まれてるなぁ……」
三人はお互いを見つめ、優しく微笑み合った。
*
その夜。
三人で夕食を終えたあと、モーゼフが立ち上がる。
「では、僕は父の部屋に。二人が入浴を終えたら、教えてください。僕はその後に入ります」
「うん、わかった」
「モーゼフ!本当にありがとう!」
モーゼフはふたりに柔らかく微笑むと、そっとドアを閉めた。
──カタン。
やがて、イヴリンが入浴の順番をモーゼフに知らせに行き、ふたりの女だけの夜が始まる。
「ねぇイヴリン。今日はどんな下着、着て寝るの?」
「今日は……これ」
イヴリンは寝巻きをずらし、白地にピンクのハート柄の下着を見せる。
「えっ!? うそ!?」
マリアンが驚いた様子で寝巻きをずらすと、なんと全く同じデザインの下着が──
「えっ……すごい……!」
「ふふっ。イヴリンと一緒に暮らせるのが嬉しくて、なんとなくこれ選んじゃったんだぁ」
イヴリンも、そっと頬を染める。
「……私も、同じ」
マリアンは感極まり、イヴリンに抱きつこうとするが──
「……イタっ!」
お腹を押さえ、少し顔をしかめる。
「マリアン!? 大丈夫!?」
血相を変えるイヴリンに、マリアンは笑みを浮かべながら応える。
「ごめんごめん!この子、今蹴ってきた……!」
「……すごい……もう、生きてるんだね……」
「うん。頑張って、生きてる」
そして、ふとマリアンが訊ねた。
「ねえ、イヴリン。そういえば、聞いたことなかったんだけど……あなたのお母さんって、どんな人だったの? あれ……魔物?」
イヴリンは少しだけ沈黙して、口を開いた。
「……母は、人間だったみたい。私を産んで、すぐに死んじゃったって。だから、どんな人だったかは、私にはわからない。でもね、父が言ってた。“この世で最も愚かな人間の女”だったって」
「え……」
「だから……きっと、すごくいい人だったんだと思う」
マリアンの目から、ぽろりと涙が落ちる。
「……絶対、素晴らしい人だったに決まってる……イヴリンの優しい心は、お母さんがくれたんだよ……」
「そうかな……でも、その心を起こしてくれたのは──マリアンと、モーゼフだよ。絶対に」
そう言って、イヴリンの目からもまた、涙が落ちた。
こうして、夜が深まるごとに──
大魔王の娘と勇者の妻との友情もまた、深まっていくばかりであった。




