表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の僧侶  作者: 吉田何某


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

112/131

第百十二話 殻、破れる

イヴリンとマリアンの仲は、日に日に深まっていた。


夫を失った悲しみを背負いながら懸命に働くマリアンにとって、イヴリンという新たな友の存在は、何よりもありがたいものだった。


イヴリンは毎日店に足を運んでは、ただ話をするだけでは帰らなかった。

必ず、下着を一組買っていくのだった。


「ホントに、無理して買わなくて良いってば、イヴリン! 気持ちだけで十分嬉しいんだから!」


マリアンが苦笑交じりにそう言うと、イヴリンは首を振った。


「ううん。お金は、大事。子どものために、お金、貯めておかないと」


そう言って、彼女はマリアンのお腹を見つめた。


「……もう……」


マリアンは苦笑しながら、自分のお腹を優しくさすった。


「この子も……イヴリンみたいに、心の優しい子になってほしいな」


その言葉に、イヴリンの目が見開かれる。


「……心の、優しい……? 私が?」


「え?うん、そうだけど?」


マリアンは、何気ないように返すと、またお腹をなでながら明るく言った。


「男の子でも女の子でも……イヴリンみたいな子になりますよ〜に!うふふっ!」


イヴリンの目から、涙が一粒、頬を伝った。


「え!? ごめんごめん! 泣かないで、イヴリン!」


マリアンが慌てて声をかけると、イヴリンは小さく笑いながら首を振った。


「ううん……ありがとう、マリアン」


それだけ言うと、彼女はいつものように手を振って、店を後にした。


「じゃあ、また明日」


「うん!また明日ねー! 明日こそ、買わなくていいからねー!」


マリアンの声が見送る中、イヴリンは人目を避けて、モーゼフの部屋へと帰っていった。



「ただいま、モーゼフ」


「おかえり、イヴリン。って、また買ったの!?」


顔を赤くしながらモーゼフが言うと、イヴリンは当たり前のように頷いた。


「うん。明日も買うからね」


「まだ一度も着てないのが山ほどあるじゃないか!」


「いいの。見るだけで楽しいし。モーゼフも、楽しんでいいんだよ?」


モーゼフは真っ赤な顔で口ごもった。


「そ、そういう問題じゃ……」


だが、イヴリンは俯いたまま、静かに言った。


「ねえ、モーゼフ。私……マリアンに、本当のこと言いたい」


「……急にどうしたの?」


「急じゃない。ずっと、思ってたの」


「……どうして?」


「マリアンに、隠し事してるの……なんだか嫌なの」


モーゼフは少し黙り込んだ後、静かに言った。


「……そうか。それは、正しい感覚だよ。イヴリン。だけど──」


「やっぱり正しいんだ。じゃあ……言ってくるね!」


そう言って、イヴリンは部屋を飛び出していく。


「ちょっ……待ってくれ、イヴリン!!」


モーゼフは慌てて追いかけた。



追いついた時、イヴリンはすでにマリアンの店の中にいた。


カロンコロンッ


「いらっしゃいませ……って、イヴリン!?まだ明日じゃないわよ!?」


カロンコロンッ


「え、モーゼフ!?どうしたの!?」


「……はぁ……はぁ……マリアンさん……突然すみません……実は──」


「マリアン。私、あなたに………隠していることがあるの」


「イヴリン!!」

モーゼフが叫ぶ。


「えっ? なに……? 二人、知り合いなの……?」


イヴリンは声を震わせながら、口を開いた。


「……うん。マリアン、私ね……………大魔王の娘なの」


モーゼフは目を閉じる。


———静寂。


そして……


「……イヴリン……?何を、言っているの……?」


イヴリンは変身魔法を解き、頭に生えた二本のツノを見せた。


「私は……父が封印された後、あなたの夫の仲間たちに殺されるところを、モーゼフに助けられて、一緒にここへ来たの」


マリアンは目を見開いたまま、沈黙した後——


「……モーゼフ、本当なの?」


モーゼフは目を下に逸らしながら、静かに頷いた。


「……黙っていて、申し訳ございません」


「………そう、なんだ……」


マリアンの表情に影が落ちる。


イヴリンは、心の底から恐怖が湧き上がってくるのを感じた。

この恐怖は、味わったことのないものだった。

いや、そもそも恐怖を感じたこと自体が初めてだった。

モルガンとコジーロに殺されようとしていた時でさえ、恐怖は感じていなかった。


震える脚で、影っぷちに立ち尽くしているようだった。


マリアンに人差し指でポンと押されただけで、簡単に奈落の底へ落ちてしまいそうな気がした。


彼女の口から、その言葉がこぼれる瞬間までは。


「……でも、イヴリンは……悪い魔物じゃないんだよね?」


「………え……?」


「イヴリンが大魔王の娘なのはわかったけど……隠していたのは、それだけ?」


「それ……“だけ”……?」


「……本当は、何か企んでるとか……悪い子だとか……そういうんじゃ、ないんでしょ……?」


「そんなこと、絶対ない!私は、マリアンの友達だから!!」


「なんだぁ……良かったぁ!!ビックリさせないでよ、も〜!!」


その瞬間、モーゼフの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。


(なんという……なんという心だ……!)


イヴリンも、堰を切ったように涙を流す。


「……なんで……なんでそんなふうに……思えるの……?」


「え!? 何が?」


「私の父が……あなたの一番大切な人を殺したも同然なのに……それでも……私のこと……うっ……ううっ……」


マリアンは咽び泣くイヴリンを、優しく抱きしめた。


「……父親がどんな悪党だろうが……生まれてくる子には、何の罪もないのよ……私は、それをもう知ってるから。それに……」


愛に満ちた眼差しでイヴリンを見つめながら、マリアンは言った。


「私にとっては……”今のあなた”が全てよ、イヴリン。過去なんて……どうでも良いじゃない!」


その瞬間、イヴリンの中の"殻''が、全て砕け散った。


「……うああああああああん!!マリアン……マリアン!!……大好きだよ!!隠しててごめんねぇ!!!」


「私も……だーーいすきだよ、イヴリン!!デイビッドの仲間に殺されなくて、ほんっとに良かった!!ありがとうね、モーゼフ!!」


──「ありがとう」


勇者の犠牲を裏切るような行為をしたはずの自分が、まさかその妻から「ありがとう」と言われる日が来るなど──想像できるはずもなかった。


マリアンの言葉は、モーゼフの心を、全て洗い流してくれた。


モーゼフは、嗚咽しながら祈る。


(主よ……全てに……感謝致します)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ