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黒の僧侶  作者: 吉田何某


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第百五話 殻

──空から海へと落ちゆく魔王城。


その崩壊の只中から、一隻の方舟が宙を駆け、飛び去っていった。


方舟の中では、モルガンとコジーロが、すべてを飲み込んだ上で──

今この瞬間、共に生きて帰れることへの、抗うことのできない喜びを噛みしめていた。


二人はただ、互いの存在を確かめ合うように、涙を流しながら、静かに抱き合っていた。



——玉座の間。


イヴリンは、目の前の男を驚きの眼差しで見つめていた。


命を賭して共に大魔王と戦った仲間たちを裏切り、

その大魔王の娘である自分を──命を賭けて庇った、この白髪の僧侶。


その行動には、理解不能な狂気と、抗いがたい吸引力があった。


今まで感じたことのなかった何かが、心の奥底で震えていた。


 

イヴリン──


大魔王ジャダムにとって、それはただの「失敗作」だった。


娘であるかどうかなど、どうでもよかった。

愛など欠片もない。そこにあるのは、関心の空白。

ゴミと同じ。いや、それ以下だった。


イヴリンの母は、人間だった。

それも、信仰と慈愛に満ちた、"聖女"と呼ばれる存在。


ジャダムは──

自分と真逆の存在と子を成すことで、"自分をも超える何かが生まれるのでは"と、ただの実験のつもりで彼女を攫い、犯した。

なぜなら──退屈だったから。

それが、大魔王ジャダムという存在だった。


聖女は、イヴリンを産むと同時に、命を落とした。


人間と魔物との間に生まれた命は──

その出産において、母の命を対価とするという摂理が、この世界には存在していた。


イヴリンは、期待された“怪物”ではなかった。

面白くもなく、特別でもなく、ただの“失敗”だった。


彼女を愛さなかったのは、父親だけではなかった。

あらゆる魔物が彼女を愛さなかった。

なぜなら──そもそも純粋な魔物は“愛”を持つことができない存在なのであった。


群れることはあっても、助け合うことはあっても──

それは、単なる生存本能にすぎなかった。

家族を慈しむことも、仲間を思うことも、恋をすることも、神に祈ることもない。

それが、人間と魔物との決定的な違いだった。


故に──

魔物の世界に生きてきたイヴリンは、愛を知らなかった。

愛されることも、与えることも、一度たりともなかった。


けれども──

彼女の中で、聖女から受け継いだ"愛"は、まだ完全に死んではいなかった。

というより、まだ産まれてさえいなかった。

殻の中で、眠ったままだった。


しかし、この目の前の男──

仲間を裏切り自分を守った、モーゼフという謎の男の存在によって、

愛が眠る殻に、微かな亀裂が走った。


——イヴリンは、小さく呟く。


「……まだ、出れる」


「……え?」


「……一緒に、来て」


そう言うと、イヴリンはモーゼフの手を握り、立ち上がった。


二人は玉座の間を出て、地下へと続く階段を駆け降りる。


石の階段を下り、薄暗い通路を進んでいくと──

やがて、広大な魔法陣が刻まれた大広間にたどり着く。


「この中に入って、行きたい場所を言えば、近くにワープできる」


「えっ!? そんなことが……」


「いいから、早く。時間がない」


「わ、わかりました……! ……アリエヘン王国、西の森へ!!」


モーゼフが叫ぶと、彼とイヴリンの身体が柔らかな光に包まれ、魔法陣の中心で消えた。


その直後──


魔王城は、海底へと沈んでいった。

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