第百二話 ゴブリンの集落
「ユウシャ……オレタチ……ダイマオウ、キライ」
「え、ホント?私も大っ嫌い!!」
純粋に、あまりに純粋に答えるアリシアの声に、ゴブリンはこくこくと頷いた。
「アア、ホントダ。ユウシャ、キョウリョクスル」
「ありがとう!何してくれるの?」
「ゼンイン、キョウリョクスル。ダカラ、キテクレ」
そう言ってゴブリンはくるりと背を向け、トテトテと歩き出す。
「アリシア様、これはきっと──」
クリスの忠告は、アリシアの歓喜によって遮られた。
「こんな優しい魔物もいるんだね!好意には応えないと!行きましょう、みんな!」
その笑顔は、太陽のように無垢だった。
(……くっ、やはりこの眩しいほどの純粋さは、時として危険だ!しかし──この純粋さこそが尊いのだ!)
クリスは警戒態勢に入り、背後を振り返った。
そこには、ゴブリンの存在などすっかり忘れているかのように、
「大魔王を倒したら自分たちが結婚を前提に付き合っていることを、まずはどちらの親に報告しに行くべきか」
という深刻な議題について真剣に話し合っている若い男女の姿があった。
クリスは無言で近づき──
「ムサシさん、バーバラさん。ゴブリン達に何か不穏な動きがあれば、すぐに対処しましょう」
と、耳打ちしてアリシアの後を追った。
「え?あ、うん」
と、この上なくテキトーに返事をしながら、
「やっぱりまずはうちに行くべきよ。テリオスもムサシに会いたいだろうし」
と、議題に戻るバーバラ。
「そうか。ならそれで良いぜ」
「それ“で”良い?」
「いや、それ“が”良いぜ!」
バーバラはふっと笑い、ムサシにキスをする。
ムサシがそれに応じようとした、まさにその瞬間──
「お二人とも!行きますよ!!」
キレ気味のクリスの声に、ムサシはきょとんとした表情で振り向いた。
「なんだ?でけぇ声出して。なんかあったのか?」
やはり何一つ把握していない脳筋であった。
*
集落の中央広場へと進むと、あちこちに隠れていたゴブリンたちが、おどおどと姿を現してきた。
先ほどのゴブリンが、高らかに叫ぶ。
「ユウシャタチ、オレタチ、ナカマ!!」
「ナカマ! バンザイ!!」
他のゴブリンたちも、両手を上げて跳ね回る。
「は? 何? どうなってんの?」
ようやくバーバラの脳も、現状を処理しようと動き出す。
「この子たち、大魔王嫌いなんだって!それで私たちに協力してくれるみたいなの!」
「……え、まあ、別にいいけど。何ができるのかしら、このゴブリン達に」
「今から、みんなで何かしてくれるみたいよ!」
「そうか」
ムサシは、例のゴブリンに視線を向けた。
「おい、さっさとしろ」
低く、威嚇するような声音。
「ヒッ!ワカッタ!ワカッタ!」
ゴブリンがビクビクしながら答える。
「ちょっと!そんな言い方ひどいじゃない!」
アリシアが慌ててたしなめる。
「ユウシャ、ヤサシイ!ユウシャ、スキ!」
その言葉に──
クリスの眉が、ピクリと動いた。
「……"好き"、などという言葉を、アリシア様に軽々しく使うな」
淡々と、しかし、殺気すら帯びた声音だった。
「ク、クリス!まあまあ、抑えて抑えて!」
「ユウシャ、ナカマ、ミンナコワイ!ユウシャダケ、ヤサシイ!ユウシャニ、アレ、アゲロ!」
合図とともに、群れの奥から、一際小さなゴブリンがヨチヨチと歩いてきた。
その手には、小さな花の髪飾り。
「ユウシャ、コレ、アゲル」
「え!素敵……これ、作ってくれたの?」
「ウン」
「ありがとう……つけさせてもらうね」
アリシアは、花飾りを頭に乗せて微笑む。
「どう?似合うかしら?」
「ウン。ニアウ」
「ありがとう!大切にするね!」
満面の笑みを浮かべるアリシアに、ゴブリンが言う。
「ソレ、ツケテ、サイダン、タツ。ソレデ、ネガイ、カナウ」
集落の奥──ひときわ目立つ祭壇を指差す。
「えっ、これつけて、あそこに立てばいいの?」
「ソウダ。ソシテ、ネガイ、カナウ」
アリシアはにっこりと笑い、歩き出す。
「わかったわ!」
「アリシアちゃん、孤児院継ぐなんて言うだけあるね。本当に、優しい」
「んなこと言ってんのか、あいつ」
「え、うん」
(ホントに全然話聞いてないのね……まあ、そんなに悪い気はしないけど!)
そしてただ一人──
クリスだけが、険しい眼差しで、事の成り行きをじっと見つめていた。




