第百一話 森にて
——曇り空の下。
勇者一行は、天空都市アル・クラーナを目指し、人気のない静かな森を歩いていた。
「ねぇクリス、この森を抜けたら着くんだっけ?」
「はい。この森を抜ければ、天空都市のあるエンドス山脈の麓に着くはずです」
「そっか! いよいよね。長かったわ〜」
「ホント長かった〜。まあ、ママに言われた通り寄り道しまくったしね。ここまで来る間に、私たちすっかり有名人になっちゃったみたいだよね」
バーバラがドヤ顔で言うと、
「ええ。あなたのダーリン様のおかげでね」
アリシアがニヤリと微笑む。
ムサシはむすっとした顔で、
「……あ?冷やかしかてめぇ?ゴーストやエレメント相手じゃ、結局何もできねぇんだよ、俺は」
と、拳を握りしめる。
「それは仕方ないって言ってるじゃん!お互いできないことを支え合っていくのが夫婦ってもんでしょ!私が魔法でやっつけてるの見て、何も思ってくれなかったんだ?」
「い、いや、そういう意味じゃ……!てか、まだ結婚してねぇし!」
「……あ、そういうこと言うんだ」
プチンッ、と音がしそうなほどにバーバラの眉間が寄る。
「付き合うって、夫婦になる準備じゃないの?まだ夫婦じゃないなら、夫婦になってからのことは考えなくていいんだ?」
「そ、そういう意味じゃ……!」
「じゃあ、どういう意味?」
「………すまん、悪かった」
バーバラは少しだけ視線を落とし、ポツリと呟く。
「剣にストイックなのはいいし、私もムサシのそういうところが好き。でも……たまには、私のことも見てよね」
「悪かった! 悪かったって!俺はお前のことしか見てねぇ!!」
ムサシは完全に折れて、バーバラを抱きしめる。
抱かれたバーバラは、ムサシを見上げてにっこりと微笑むと、唇を寄せた。
「……知ってる」
バーバラの囁きに、今度はムサシが顔を近づけ、キスを返す。
──そんなふたりを、ニヤニヤと見守るふたり。
「まさかムサシがここまで尻に敷かれるとはねぇ」
「はい。やはりバーバラさんは……恐ろしい魔法使いです」
真顔で冗談を言うクリスに、アリシアはくすっと笑う。
アリシアはそっとクリスの手に触れ、指を絡ませた。
クリスも優しくアリシアを見つめ、一度口づけを交わすと、二人は自然に歩き出した。
──このように、
セイバルの里を発ってからここまでの旅路の中で、
二組の若きカップルは、
世界の希望として邁進しながらも、
着実に関係を深めていったのであった。
森の中をダブルデートで進む勇者一行の足を止めたのは、
ガサゴソッ
という物音とともに、茂みの奥へと逃げていくゴブリンの小さな背中だった。
「なんかいたわね」
「はい」
「斬るか?まだ届くぜ」
「木もたくさん切っちゃうから、ダーメ」
ムサシがバーバラに止められた直後、アリシアが顔を輝かせる。
「うーん、一応見に行こっか!」
こうして、アリシアの冒険心に導かれるまま、一行はゴブリンの逃げた茂みの奥へ進んでいく。
──茂みを抜けた先に広がっていたのは、
古びた柵と、大小さまざまなボロ小屋が集まる、ひっそりとした集落だった。
そのあちこちに、怯えたような目でこちらを見つめてくるゴブリンたちの姿があった。
「結構いるな……」
ムサシが竜巖徹に手をかけるが──
「ちょっと待って、ムサシ」
アリシアがすっと手を伸ばし、彼を止める。
「なんだか……いつもの魔物とは、違う気がする」
クリスも無言で集落を見つめていた。
「確かに……まあ、いつでも消せるし。様子見てもいいかもね」
バーバラがムサシの肩にそっと手を置くと、
「そうか」
ムサシは竜巖徹を鞘に戻した。
すると、中央の広場のような場所から、
一匹のゴブリンが、おぼつかない足取りでこちらへやってくる。
その目には恐怖と、何かを伝えたいという意志が宿っていた。
「ユウシャ……オレタチ……ダイマオウ、キライ」
──静かな森の集落で、意外な言葉が告げられた。




