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第一話 旅立ち

世界に再び暗黒の影が忍び寄る、そんなある朝──


ここはアリエヘン王国の城下町。

古い石畳の道に陽光が差し込み、白壁の家々と鐘楼が朝の光を浴びて静かに輝いていた。


街の外れにある、小さな孤児院の玄関先。

旅立ちの時を迎えた少女が、義母に別れを告げようとしていた。


「それじゃ、行くね!」


金色の髪をふわりと揺らし、少女──アリシアは明るく笑った。

白いブラウスに黄色のスカート、鮮やかな赤マントを羽織り、頭には白いカチューシャ、足元には柔らかな茶色のブーツ、腰には細身の剣を携えている。

その姿は、朝の陽光に映えて凛とした輝きを放っていた。


義母テレサはふくよかな体を揺らし、手で目頭を押さえた。丸みを帯びた頬に涙が伝い、ぽってりとした腕でエプロンの端をぎゅっと握りしめていた。


「とうとうこの日が来てしまったんだね、アリシア……」


「泣かないでよ、お母さん。ちゃんと帰ってくるから! 大魔王を倒したら、孤児院の手伝いだってするんだから、楽しみに待ってて!」


アリシアはぐっと拳を握りしめ、笑顔のまま背を向けた。


テレサは、娘の旅立ちを、ただ静かに、涙ながらに見送った。



──勇者アリシア。

それは約二十年前、勇者デイビッドと、セレクト下着ショップの店主マリアンとの間に生を受けた、選ばれし少女。


彼女がこの世に生まれた瞬間、産声とともにまばゆい光が天に放たれた。

それは、真なる勇者の証──だが、その奇跡を、父デイビッドが見ることはなかった。

彼は、死闘の末に命を捧げ、大魔王の封印を成し遂げたのだった。


そして、母マリアンもまた、アリシアが一歳になる前に、病に倒れこの世を去った。


──それから二十年。

北方の海底に沈む魔王城から禍々しい黒き閃光が天に放たれ、魔王城は再び上空へと浮かび上がった。

恐れていた大魔王の復活が現実となったことを、人々は知った。


だが、大丈夫。

この世界には、もう立ち上がっている者がいる。


今日こそが、新たなる勇者アリシアの旅立ちの日である!


父から受け継いだ勇者の血。母から授かった下着へのこだわり。

そんな彼女は、旅立ちにふさわしい純白の下着を身に着け、(もちろん、誰にも見せるつもりはないけれど!)意気揚々と城へと向かった。


城では、国王からありがたいのかよく分からない祝辞と、勇者への贈り物とは思えない実用品(タオル、煎餅など)を拝領し、

気を取り直して城下町へと戻る。


町の人々は、皆こぞって外に出て、勇者の晴れ姿を一目見ようと待ち構えていた。



一方その頃、町外れの高台にある教会では、若き僧侶がひとり、勇者の旅立ちを祈っていた。


神に捧げる真摯な祈りに身を委ねるその僧侶の名はーークリス。

雪のように白い髪が、教会の淡い光を受けて、柔らかく輝いている。

黒の僧衣を身にまとい、胸元には十字架のペンダントが揺れていた。


その清廉な姿は、まるで神の使徒のようだった。


父であり師であるモーゼフは、そんな息子に声をかける。


「見に行かなくて良いのか?」


威厳を漂わせる黒衣をまとい、白銀の短髪と深い皺の刻まれた目元が、僧侶としての厳格さと父親としての優しさを同時に滲ませていた。


クリスは、祈りを中断することなく答えた。


「今日ほど、神に祈るべき日はありませんよ、お父さん。」


モーゼフは小さく笑みを浮かべ、「そうか」とだけ言った。


そのとき──


教会の扉が、音を立てて開いた。


いったい誰が?

モーゼフとクリスが顔を上げると、そこには。


「おはよう、クリス!」


まさかの勇者本人、アリシアの姿があった。


「アリシア様……!?」


クリスは目を丸くする。


「貴方に、一緒に来てほしいの。」


「ええっ!?」


目をぱちくりさせるクリスに、アリシアは真剣な眼差しを向ける。


「長く、険しい旅になるのは分かってる。だからこそ、優秀な僧侶であり、誰よりも信頼できる貴方の力を貸して欲しいの。」


クリスは、驚きと戸惑いを抱えたまま、思わず父モーゼフに視線を向ける。


モーゼフは、そんな息子ににっこりと微笑みかけた。


「行ってこい、クリス。」


「でも……父さん、教会は……!」


「これこそ、神の御心だ。心配するな。教会なら、まだまだこの身体が守ってみせる。」


「モーゼフ様……ありがとうございます!」


アリシアは深く頭を下げた。


クリスはしばし逡巡し、胸に手を当て、そっと瞼を閉じた。


(神よ……この身をもって、世界を守るお手伝いをさせてください)


静かに祈り、彼は顔を上げた。


「……分かりました。

長く険しい旅路、アリシア様のお供をさせていただきます。」


「やったぁ!」


アリシアはぱあっと顔を輝かせた。


クリスは急いで支度を整え、モーゼフに別れを告げる。


「行ってきます……父さん!」


「うむ。クリス。──神のご加護を。」



城下町の通りに出ると、待っていた人々から割れんばかりの大声援が上がった。


「アリシア様ー!!」

「クリスー!頼んだぞー!!」


たくさんの祝福の声を背に、勇者アリシアと僧侶クリスは、新たな旅立ちへと歩み出した。



少し離れた高台の上。


教会の裏手から、モーゼフは静かに、旅立つ息子の背中を見つめていた。


ハンカチでそっと目を拭い、彼は空に向かって微笑む。


「見ているか、イヴリン……

私たちのクリスが、今、旅立ったよ。

お前も、あの子を、見守ってやってくれ……」


晴れ渡る空には、

美しい三角形の白い雲が、ふわりと浮かんでいた。


まるで、これから始まる冒険を祝福するかのように。

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