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「ん……」
目を開けると、随分と豪勢な天井だった。
私はどうやら生きているらしい。それもそうか。
「ロゼリアちゃん! 良かった、良かったよぉ…、」
飛びつかれて抱き着かれる。
涙を流し、よっぽど私のことが心配だったらしい。頭を撫でると嬉しそうに手に擦り寄っていた。
「レイ、怪我はない?」
「ない、ない……! わたし、死んじゃったかと思った、三日間も寝てたから……!」
「三日間も!?」
魔力不足に陥らないようにしろ、とゲームのミニゲームのシステムであったがそのような欠点があったとは。まだまだ勉強不足だ。
「ろ、ロゼリアちゃん……」
「わー! もう、泣かないで。私はこんなに元気なんだから」
「みんなのことよんでくる!」
そうして集まったお父様やお母様、使用人達から色々な話を聞いた。
どうやらレイは、私が目覚めるまでの間、側を離れたがらず、朝から晩までずっと同じ部屋で過ごしていたらしい。食欲もなく、パンを一口か二口食べる程度で、寝ることも全然無かったという。
そんな中、ハートフィルドの両親と使用人は私が倒れたと聞き、そこまで心配してなかったらしい。私が入る前は魔法で遊びまくって倒れることがしょっちゅうあり、久しぶりに魔法を使っているところを見たと感動したという。あんなに倒れてて心配だったが、倒れて安心するんだと語るお父様の姿があった。
「じゃあ、お父さんとお母さんはもう行くから、何かあったら呼ぶんだよ」
そう言われて、レイと二人きり(使用人はいる)にされた。
レイはずっと優れない顔をしていた。両親はああ言ってたけど、私が倒れるのを初めてみたのだ。無理はない。
「……ねえ、ロゼリアちゃん。わたしのこと嫌いになってない?」
レイに殺されるが、嫌いという感情は一切ない。ヒロインの性格は悪くないし、私(悪役令嬢)が悪かったわけだし。
「なるわけないでしょ。好きだよ」
「じゃあ恨んでる?」
「恨んでなんかない。寧ろ、助けられて嬉しかった。怪我一つなく、元気なままで、攫われなくて、良かった」
まて、攫われたほうが私の平穏が訪れたかもしれない? やらかしたか。
いや、でももし助かって再開したら、どうしてあの時助けなかったのと言われ、私が殺されるか。
「本当に良かった……!」
「ろ、ロゼリアちゃん……っ?」
ぎゅっと抱き締めると、苦しそうにレイが声を出した。
「ご、ごめんごめん」
「ううん……」
「苦しかった?」
「あの、嬉しいから、もっとぎゅってして欲しい」
そんな可愛いお願いをされたら、しないわけにはいないじゃないか。
先程よりも優しく抱き締めるとレイも抱き着き返してくれた。両手に感じる小さな身体。私の方が精神年齢は上だから、守ってあげたくなってしまう。
「ねえ、レイ。沢山自信をつけて誇れる人になって。悪を見逃せるくらい余裕のある人になってほしいの」
「どうして?」
「きっとそれがレイに必要なの。強い体と強い心が」
「ごめんなさい……」
「ぁ、そ、そうじゃないの。私がいないときも自分の身を守れるようになってほしくて。でも絶対に人は殺しちゃ駄目」
「殺さないよ?」
「もし血の繋がりがある人が殺されそうなところを見たら、止めること。いい?」
「絶対に止めるよ!」
「ありがとう」
自分は、ずるい人間だと思う。こうやって刷り込めば、彼女はきっと守ってくれるだろうから。
くっつけていた身体を離すと、こてんと首を傾げたレイがいた。
「うん、どうやって……?」
「そりゃもう沢山勉強して魔法も凄いことになったなら、その辺の悪役令嬢とか道路に生えてる抜くまでもない雑草みたいに移ると思うな」
「うん。よく分からないけど、頑張るね!」
分かってもらえたみたいだ。私は雑草でいい。雑草になりたい。それも地面に突き刺さって抜きにくいくらいの。
「あのね、わたし、ロゼリアちゃんに出会えて本当に、本当に嬉しかったの。プレゼントをもらったのも初めてだし、人と仲良くなったのも初めてだし、こんなに良くしてもらえて、本当に嬉しいの」
「うん」
「あのね、ロゼリアちゃんを守れるくらい立派な大人になるね」
「うん。ありがとう」
でも、レイは守るどころか私を殺すきっかけとなる。
「……信じてない?」
「え? 信じてる、信じてるから!」
「うん……。」
「守れるのなら、私を守って。絶対に殺さないで」
「殺さないよ。わたし、ロゼリアちゃんのこと世界で一番好きだから」
「ありがとう、私も好き」
「……だ、だから、世界で一番幸せに出来るように、頑張るね」
「なにそれ、ふふ、ありがとう」
今はこの、幼い彼女の言葉を信じてもいいと思った。辿々しい彼女のこの言葉は全て誠実で、私の胸に残っていた。
それから、レイはみるみるうちに成長していった。勉強も高校レベルなら全て解けるようにいたし、魔法もとてつもなく上手で、人当たりも良く、礼儀作法も正しい、立派な女の子に。
対する私は勉強もサボり、魔法の訓練もサボり、礼儀作法だけは貴族として頑張る人間となっていた。理由は単純、レイにライバル視されるのを防ぐ為だ。敵対した際に、脅威だと思われても困る。
そのせいで城内の私への評価は大きく変わっていったと思う。原作レベルで悪くは言われなかったが、転生者としての賢さもあった私をみるみるうちに抜かしたレイは想像以上に一目置かれる存在になった。
そんな私だが、毎日レイに話しかけに行った。勉強熱心な彼女だったので、見たり、隣で娯楽小説を読んだり、絵を描いたり、自由にやっていた。でも絶対に彼女との時間を削ることはしなかった。
仲が良くなったのでお風呂に一緒に入るようになった。春には花見に行ったり、夏は海に行ったり、秋には食べ歩きをしたり、冬は雪合戦をしたり。色んな思い出が積み重なっていた。
そんな中、レイにキスをしたいと言われた。
私は誘いを断ることなく、口付けをした──。