第11話 この料理は…… そして魔王登場(絶品トマトのミルフィーユ、他いろいろ)☆☆☆
やったー。とにかく、やっとやっとランチだ!
すっかり忘れてたけど、朝食抜きだったから、すっごくお腹空いてたんだよねー。
でも、目の前にあるこれは……
広い部屋の真ん中には、その面積の半分ほども占める、光沢のある渋い赤に塗られた猫足の巨大なテーブルが置かれ、頭上に吊られた透き通ったガラスの豪勢なシャンデリアの光が、暖かく料理を照らしている。
なんて格調高く(?)言うと、ちょっと美味しそうな感じがするでしょ。
でも、実はその料理が一見しても問題ありありだった。
オードブル、サラダ、魚料理、肉料理、それからデザートと、コースの組み合わせはまあ定番通り。
ただ、サラダの野菜はいかにも新鮮さが無いし、魚料理はおそらくタラだろう、蒸して一匹まるのままが、トウガラシ液にでも漬け込んであったのか、舌の痺れそうな真っ赤に染まっている。
もう一種の魚料理は大型のイカだが、見た目でもわかるこのネットリ感は、考えたくはないけど、もしかしてアレだろうか。
鳥料理は、鶏よりも少し大きめの、たぶん七面鳥のロースト。
びっくりしたのは肉料理。これがなんと羊の丸焼きで、表面全体がこんがりを通り越して真っ黒な炭っぽくなった巨体が、今日の主役然として中央でその姿を晒している。
これらが全部、豪華さの演出のためだろう、大皿に乗せて既にテーブルの上に並べられてしまっていた。
スープだけは私たち各自の前に置かれた皿に既によそわれており、
「さあどうぞ。まずはスープから召し上がれ。美味一番、にゃんにゃん」
勧められて、スプーンで掬って口に含んでみるとこれが、
「むむむ」
としか言いようの無いシロモノだった。
それでもなんとか少しはと頑張ってみるが、どうしても二口目以降が進まない。
テーブル脇に控えた執事さんの顔をチラッと伺ってみる。
あっ! 慌てて目を逸らしやがった。
例の黒猫さんはというと、缶詰を開けてもらったのだろう、部屋の隅でのんびりと、お皿に盛った「さいえ〇す・だい〇っと」を賞味していらっしゃる。
その姿だけ見ると全くペットのいる平和な風景。
それにしても確かに幸せそうに食べてるなあ。たぶん目の前の料理よりも、あのキャットフードの方がずっと美味しいんだろうなあ。
(まさか、あれが食べたいのではあるまいな?)
えっ! い、嫌だなあ。この私に限って、決して決して、そんなことがあるわけないじゃないですか。
様子を見てメイドさん(ジョゼちゃん!)が黙ってスープの皿を下げてくれた。
普通なら「もう宜しいんですか?」とか聞きそうなものだけど、無言。
ひょっとして、この人たちも料理の味を承知の上なんじゃ?
「では次はオードブルでございまあす」
スープと順番が逆だと思うけど、まあそれは大したことじゃない。
皿にはトマトのミルフィーユに生野菜のサラダが添えてある。
そうかあ、オードブルとサラダが一緒になってるってことね。
ミルフィーユは、下から角切りにしたアボカド、カッテージチーズ、その上にはやはり角切りにしたトマトを重ねて、小さな円筒状。
トマトの赤の鮮やかさに魅かれて一口食べてみると、これがまあ、
意外なことに極上の美味しさでした。
いまさら大抵のことには驚かないぞって覚悟を決めてただけに、このミルフィーユには逆の意味でびっくりさせられた。
この驚きを、傲岸不遜系女性グルメ評論家風に表現してみると、
「(若い女子アナが)はーい、ではここで、辛口の料理評論で皆さんご存じの、勇者アスラ子先生に評価を頂きまーす」
「まあ! この私にトマトのミルフィーユなどという、見た目偏重の陳腐な料理を食べさせ、評価させようなどとは、全くもって良い度胸ではないですか」
「(先生の迫力に少し怯えながら)まあまあ先生ぇ、そうおっしゃらずに、ぜひ一口だけでもお試しくださぁい。本当に美味しいんですよぉ」
「ふん、だいたい私は女子アナなどという人種からして嫌いなのです。何ですか、その軽薄な喋り方は。そのような者が、この私と対等な口を利こうなど百年早いですわ」
「(もはや半泣きで)お願いです先生ぇ。もしもお口に合わなかったらディレクターに腹を切らせますんでぇ」
「(慌てるディレクター氏を尻目に)ふふん、そういうことなら少しは食べてあげても宜しくてよ…… むっ!」
「「よし!」」(先生の反応に、アナウンサー嬢とディレクター氏、共にガッツポーズを取る)
「こ、これは、よくあるトマトとは違うわね! 見た目通りに新鮮なことは勿論、トマト自体が明らかに他とは別物ですわ」
「さすが先生、よくおわかりです」
「熟し方もこの料理にはちょうど良いところで、適度な酸味と甘みが互いに引き立て合った果汁の味も、シャクシャクと心地よい果肉の食感も最高だわ」
「そうですそうです。そういうコメントを頂きたかったんです。良かったぁ~」
「カッテージチーズの方も抜群ね。柔らかいけれど僅かな弾力があり、癖のない清々しい酸味ですわ。トマトとあいまって、生のアボカドの脂質の多いねっとり感と絶妙のコントラスト。こんな上質のトマトやチーズを、いったいどこで手に入れたのかしら」
的な?
で、サラダの方はというと、
「では次はサラダを頂きましょうか」
「「え!?」」
「何を驚いてらっしゃるのかしら? あら、これはまた、レタスもセロリもクレソンも、少々萎れかけて、瑞々しさがないわねえ。それに、ただでさえ洗った後の水切りが甘いところに、ドレッシングのかけ過ぎでベチャベチャじゃないの。野菜そのものの味も薄いし、手でちぎらずに、研いだばかりの包丁を使って切ったのね。野菜に金味が移ってしまってるし、シャキシャキ感にも欠ける。失格ですわね。この私にこんな、味覚音痴も避けて通るような忌まわしい料理を食べさせるなんて、キーッ! ただじゃおかなくてよ。責任者、出てきなさい!!」(番組スタッフ、既に全員逃走済み)
的な?
はい、これでアスラ子先生のグルメリポート終了。
というのは、残りの料理については、あまり詳しくは語りたくないからだ。
メイドさんが取り分けてくれた魚料理、トウガラシで真っ赤なタラは、おそらく アレ の勘違い、塩漬けにして見るからにねっとりとなったイカは、きっとアレの勘違いなんだろう。
で、その アレ は両方とも本来はホカホカのご飯に乗せて食べるものだ。
それぞれ輪切りにしてマッシュポテトを添えて供されても、これをどうやって食べろって言うのさ。
肉料理は食材の選び方からして間違ってる。
おまけに火の通し過ぎで、中までカチンカチンのパッサパサ。
一生懸命頑張って、なんとかナイフで切ってみても、一滴の肉汁も出やしない。
こんなんが食べられるんなら、分厚い皮ブーツのローストだって、きっと美味しくいただけるだろう。
(どうだ、不味いだろう)
うん、とんでもなく不味い。
仕方がないんで、ほとんど口をつけず、デザートの果物ばっかり食べてました。
連れの二人も同様で、普段は何物にも耐え得る鋼の味覚と超合金の胃袋を誇る金髪モヒカン戦士さんさえ、全くと言っていいほど食の進まない様子だったし、メガネっ娘の魔法担当さんの方は半分目を閉じて、何か小さく呪文のような言葉を呟いていらっしゃる。
聴覚を鋭敏にして聞いてみると、「オイシクナイ、カナシイ、コンナモノタベラレルハズガナイ、オイシクナイ、カナシイ、コンナモノタベタクナイ………」と、何度も何度も無意味に繰り返していらっしゃるのだった。
とにかく、食事中に、こんなに時の進むのを遅く感じたことはない。
そしてようやく厨房のドアが開き、
メイド服着用の魔王ガイアさん登場。
300歳は越えてる筈だけど、どう見ても20代前半の上品な美貌だ。
執事さんの言ってた通り、特別な人なんだろう。
長身で、細身だけどグラマラスで、手足が長くって、燃えるような赤毛のしなやかなロングヘアーが鮮やかで 、さすがに黒白フリルのミニのメイド服もよく似合う…… じゃないだろ!
衣装が違うだろ!!
おまけに、引き連れた助手の男性厨士さんたちも全員、魔王さんとお揃いのメイド服だ。
(ぶっ!)
心の声さんが、さすがに吹き出した。
でも、勘違い衣装の件には他の誰も、連れの二人もメイドさんたちも、あえて口に出しては触れないのだ。
私? 当然、私だって言うもんか。
こういう間違いには、あえて触れないのが紳士淑女の嗜みっていうものだろう。
執事さんは、と視線をやると、あ、また目を逸らしやがった!