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捨てるパスタあれば拾うパンあり?

書きたいところを書く筈が、そこに至るまでが長くなってしまった短編。

その内ちゃんと続きを書きたい。パンおいしい。


「お前のようなパン女と結婚できるか!いいか、ブロート。俺はお前との婚約を破棄する」

「ファ、ファル?今何て……」

「婚約を破棄すると言ったんだ!お前はいつもパンパン、パンのことばかり!年頃の令嬢らしい話の一つもせず、会う度に手製のパンまで押し付けてくる始末ッ」


通い慣れたお屋敷の客間。

今日のデートの為に作ってきたバスケットいっぱいのサンドイッチを抱えて待っていた私に向けられたのは、幼馴染みでもある婚約者の忌々しげな声と、見たことがないくらい冷たい視線でした。

いつもわたしの作ったパンを食べて、美味しいよと笑ってくれていた彼は、どこへ行ってしまったのでしょう?


突然のことに呆然とするわたしをよそに、ファルは先程から彼の腕にしなだれかかっていたブロンドの女性を見るや、至極愛しげに微笑んで……信じられないことに、わたしの目の前で抱き締めたのです。

一体何が起こっているの?それに、彼の肩越しにわたしを嘲笑うようにこちらを見ているあの方は、一体どなたなのでしょうか。


「こちらはペネ嬢。先日、親友の結婚式に出席した際に出逢った俺の運命の人だ……俺はお前ではなく、ペネ嬢と結婚する」

「はじめまして、ブロートさま。伯爵令嬢だって聞いていたけれど、まるでパニーニみたいにちんちくりんなのね。ねえご存知?ファルファッレ様はパンよりパスタがお好きなのよ……ふふ、昨夜も私の作ったパスタをおかわりまでしてくださったの」

「なっ……!」


思わずカッとなって言い返しそうになったわたしは、けれどこちらを見るファルの冷たい目に身が竦んで、まるでその場に縫い付けられたように動けなくなってしまいます。悔しい……あの方、よりにもよってパニーニを馬鹿にしたのよ!

チーズとハムの絶品パニーニを食べたことがないのかしら?それに、パンの表面についたしましまの焼き目も、もっちりとした食感も堪らなく愛らしいのに!


「お前の家が父の事業に出資しているからままごとに付き合っていたが、もう限界だ!ペネ嬢は家庭的で、何より美しい。それに比べてお前は何だ?年下だからと我慢していてやっていたが、焦げたパンのような茶色の髪は百歩譲って許すにしても、十四歳にもなって女らしい色気が全くないどころか、無駄な脂肪ばかり増えているではないか」

「う、確かに少しぽっちゃりしてきたと母にも……でも、太ってばかりじゃありません!去年より身長も少しは伸びましたし、毎日パン生地をこねていたおかげで、二の腕がとても引き締まってきたんですよっ」


体が少しふくよかになってきているのは、毎日沢山パンを作って食べているのが原因だとわかってはいるのです……だから最近は、両親や使用人達に食べてもらうだけでなく、お父様に頼んで孤児院に寄付させてもらっています。

パン生地をこね続けた腕はすっかり鍛えられたようで、力も少し強くなりました。いっそどれくらい引き締まっているか袖を捲って見せてさしあげたいくらいですが、流石にそんなはしたないことはできません。


「もういい、お前と話していると頭が痛くなってくる。とにかく、婚約は破棄だ。お前はもう婚約者でも何でもない!今すぐに出ていけ」

「待ってください!ファルがパスタを食べたいなら、今度からはパスタも作ります。いつも美味しいって言ってくれていたから、あなたに無理をさせていたなんて気付かな……きゃっ」


言い終わるより早く強引に腕を掴まれたわたしは、問答無用とばかりに客間から追い出され、乱暴に振り払われた拍子に転んでしまって。バスケットから飛び出したサンドイッチが床に落ちて、ぐちゃりと潰れたのが見えたのを最後にわたしの意識はなんだか遠くなっていき──気付いた時には、小さな公園のベンチに座っていました。




◇◇◇◇◇



「早く家に帰らないと。夕方には迎えにくるってオリクックが……」


お祖父様の代から仕えてくれている優しい使用人の顔を思い出すと、途端に申し訳ない気持ちになってしまいました。心配を掛ける前に帰りたいけれど、どうやってここまで来たのか覚えていないし、誰かに道を聞こうにも辺りには誰もいません。

どうしようかと悩んでいる内に、段々お腹が空いてきました。そういえば、ファルと一緒にサンドイッチを食べようと思っていたから、今日はまだお昼ご飯を食べていないんでしたっけ。


「よかった、全部落としてしまったわけじゃなかったのね。たまご、ハムとレタス、それから季節のフルーツサンド……あれ?」


何ということでしょう。

バスケットの中を覗いて一つ一つ大好きなパンを確かめているというのに、全く気持ちが弾まないのです。それどころか、空腹の筈なのに一度掴んだサンドイッチをそのまま元に戻してしまいました。

わたしが()()()()()()()()()


「っ……」


そんな筈ないと(かぶり)を振ってみても、ちっとも食べたいと思えません。


そういえば、初めてファルと会った時もひどく緊張して食欲を無くしてしまっていたっけ。まだ八歳だったわたしは、年上の男の子と話すのなんて初めてで。

昼食の席から逃げ出して、スカートを握り締めて立ち尽くしていたわたしに、優しく微笑んだ彼が差し出してくれたのは、雲の形をした可愛らしいクリームパンでした。

わたしがパンを好きになったきっかけは、この時のクリームパンなんです。


『おいしい……!』

『ふふ、そうだろう?図書館の近くのパン屋で売っていてね、一番の人気商品なんだよ』


甘くて、ふわふわで。たちまちわたしの緊張を解かしてしまった魔法のパン。あっという間に食べきってしまったわたしに、彼は自分の分のクリームパンを差し出しながら茶目っ気たっぷりに笑って、そっとわたしに耳打ちしました。


『あのね、美味しいパンにはパンの精霊が宿っているんだよ』


内緒だよと笑った顔が眩しくて、格好よくて。きっとそれが、わたしが初めて恋をした瞬間でした。


「う、っ……」


途端に悲しくなってきて、ぎゅっとバスケットを抱え直します。パン作りをするようになったのは、いつかわたしも誰かを笑顔にする魔法のパンを作れるようになりたいと思ったから。

最初の内はファルもわたしの夢を応援してくれていました。沢山失敗しながら、少しずつ色々なパンが作れるようになって、ファルのところに行く日は必ずパンを作っていくようになったのだけれど。


でも、それがファルにとっては苦痛だったんですよね。


「パン、なんて……」


大好きな人に自分の気持ちを押し付けていただけのわたしなんて、


「大っ嫌い!!」


衝動のままに頭上まで持ち上げたバスケットを、そのまま地面に叩き付けようとして──


「ちょっと待ったー!」


突然大声で制止されたことに驚いて、思わず動きを止めたわたしの手から誰かがバスケットを奪い取ったと気付いたのは、数秒後のことでした。

いつの間に現れたのでしょう。目の前には、わたしより少し年下くらいの男の子。十二歳くらい、でしょうか?

バスケットを手に仁王立ちした彼は、くりくりしたエメラルドの瞳でまっすぐにわたしを見下ろしています。


「これ、中に入っているのはパンだろう?捨てようとするなんてどうかしてるよ!君がいらないなら、これは僕が貰う」

「え、ぁ……えっと?」

「知ってる?パンの一欠片にはね、七人の神様が宿っているんだよ。だから捨てるなんて罰当たりだ!それに、このパンを作った人に失礼だろう」


ふんと鼻を鳴らすと、男の子はドカッとわたしの隣に座って徐にバスケットからサンドイッチを取り出し、大きな口で頬張りました。

すると、先程までの怒った様子はどこへやら。キラキラと目を輝かせたかと思うと、次々にサンドイッチを取り出しては口に運んでいきます。


「旨い!こんなに旨いサンドイッチを食べるのは初めてだっ。味付けや具材の新鮮さもそうだけどこれは……やっぱり!パンが凄く美味しい」

「ぁ……」

「全然パサパサしてなくて、しっとりしていて。主張しすぎないけれどほんのり甘い!あーっ、パンの耳が切り落とされてるのが悔しい。とても香ばしかったんだろうなぁ」


そこまで言って、男の子は勢いよくわたしに向き直ります。いくら年下の子でも、そんなに真剣な顔で見つめられると何だかどぎまぎしてしまうわ。

そんなわたしの様子なんてお構い無しに、男の子はバスケットを指差して興奮気味に捲し立て始めました。


「ねえ、君はこの食パンを作ったパン職人が誰か知っているかい?この辺に店を構えているのかな?それとも、何処かの屋敷のお抱えだったりするんだろうか。もしそうだったら、勧誘しても無駄か!?いや、だが条件によっては……」

「ぁ、あの……」

「くっ、あんなに美味しいパンを作れるなんて百年に一度の逸材だ。これを逃したら次はまた百年後か!?そんなの困るッ、僕は今すぐにでも優秀なパン職人を領地に連れて帰らなきゃいけないんだ」


好き勝手に捲し立てたかと思うと、遂には一人でうんうんと頭を抱え始めた男の子を見ている内に、段々と落ち着いてきました。

気付けば、ファルに婚約破棄された悲しみもすっかり感じなくなっていて。沢山驚いたから、それで一時的に飛んで行ってしまったのかしら?


もしそうなら、お礼を言わなくてはいけません。それに、なんだかとっても──そう、パンを愛する者として、とても気になることを言っていたわ!


「あの……!」

「え?あ、すまない。つい考え込んでしまって。もしかして、パン職人のことを知っているの?だったら是非教えてほしいんだ!」

「わたし、です」

「……は?」


大袈裟な程大きく首を傾げた男の子は、そのまま瞬きひとつせずにこちらを見ています。聞こえなかったのでしょうか。

それならばもう一度。息を大きく吸って、今度はしっかり彼の耳に届くように。


「わたしです!あなたが食べたサンドイッチを作ったのも、サンドイッチに使ったパンを焼いたのも……あ、焼いただけじゃなくて、生地からわたしが作りました!美味しくなるように、いっぱいこねて想いを込めて」

「嘘……だろう?君が!?」



その後、なかなか信じてくれないことに苛立ったわたしが、どうやってあのパンを作ったのか分量から焼き時間、何度失敗を重ねて今の味に至ったのかまで丁寧に説明したことで漸く男の子は納得してくれました。

それならばと彼が話を続けようとしたところで、段々暗くなってきたことにわたしが慌てたり、公園から出て彼の乗ってきた馬車に乗せてもらったり、そこで漸く互いが貴族だということを知って驚いたりと、慌ただしく過ぎる時間に、失恋の痛手なんて感じる暇もなく。


彼の家の使用人だという男性のご厚意に甘えてありがたく送ってもらうことにして、屋敷に向かうまでの道中、私達はパン好きのパン好きによるパン好きの為のパン談義に思い切り花を咲かせました。




後日、無事?にファルとの婚約を解消したわたしは、国有数の小麦畑を領地に持つ侯爵家から婚約の打診があったことで、初めて彼の正式な名前を知ることになるのでした。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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