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第八話 愛される女を目指して

 屋敷巡りの前に腹ごしらえという事で、今から昼食との事らしい。

 

 公爵家の昼食――さぞ、昼食らしからぬ豪華な内容を予想していたが、意外とそうでもなかった。

 いや、むしろ実家で出される料理より質素で、少ない。


 お義父様曰く、エドワード家では上級貴族だから、といったような豪勢な食事はとらないらしい。


 人間社会は格差社会。そして、貴族社会に身を置く者達はその1割にも満たない。なのに、貴族による食料消費率は全体の約半分を占めている。

 何故そんな事になってしまっているのかは、もはや説明は不要だろう。


 貴重で高価な食材だけが美味しいわけでは無いし、比例もしない。ましてや、そんな高価な食材を使った料理を食べきれないと分かっていながら毎日食卓に並べるのは愚か者がする事である。と、空から耳に聞こえきそうな料理達が目の前に並べられていく。


 品数は全部で5つ。サラダに、野菜スープに、白身魚のソテーに、パン。あと、それからデザートに……ぷりん!! 

 ちなみに私はぷりんに目がない。そして、見れば分かる絶対に美味しいやつ! 私程の目利きにもなると、見ただけでそれが分かるのだ。


 丸い筒状の透明の容器に入ったそれは、王道のぷるぷるタイプでは無い、なめらかタイプだろう。

 表面がこんがり焼かれた茶色い部分と、透明の容器越しに見える真っ白な中身とのコントラストがなんとも美しい。

 もしかしたら私史上最高を更新するかもしれないね。


 とにかく、早く食べたい!! だけど、この場面でデザートから食べ始める訳にもいかないので、仕方なく脇役達から片付けていく事にする。


 私はぷりんへの欲求を抑え、平静を保ちながらも、視線はぷりんに釘付けだ。


 サラダを食べてる時も、魚を食べてる時も、飲み物のグラスに口を付けてる時も、お義父様と会話してる時も――


 ずーっと、ぷりんに釘付け。


 ぱくぱく、もぐもぐ、むしゃむしゃ、ごっくん……ワクワク、ドキドキ……っ!!……ウットリ。


 はぁ〜。 美味しかった! ご馳走様でした! 


 脇役達をキレイに全部平らげて、そして最後のぷりんを全身全霊で味わった。

 本当に美味しかった! ぷりんだけでなく、全部美味しかった! 脇役なんて言ってごめんね。

 きっと、凄腕のシェフが在駐しているに違いないね。


 丁度いいくらいに満たされたお腹と、一切の食材が残されていない食器。

 何というか。食後の余韻がとても気持ちが良い。食後のコーヒーを飲みながら、ふっと一息ついた。

 



 昼食を終えると、さて、いよいよ屋敷巡りの開始だ。

 

「それじゃあ、私はここらで仕事に戻る。ルイス、後はよろしく頼んだぞ」


「かしこまりました」


 てっきりヴィルドレット様が案内してくれるのかと思いきや、ルイスさんが案内してくれるらしい。


 席を立ち、扉へと歩を進めるお義父様の背中にルイスさんが一礼すると、それと同じタイミングでヴィルドレット様も席を立ち、口を開いた。


「じゃあ、私も仕事に戻――」


 その瞬間、足を止め、振り返ったお義父様の罵声が部屋中に響いた。


「馬鹿か!!お前は!! 仕事などしとる場合か!! いいか、お前は今日、ハンナ嬢をエスコートする事に専念するのだ!分かったな!?」


「……はい……」


「分かったな!!?」


「はい。心得ました。」


「……うむ。では、私は執務室にいる。何かあったら教えてくれルイス」


「かしこまりました」


 こうして、ようやくお義父様は部屋を後にして行った。 


 それしても……今のではっきりと分かった。


 ヴィルドレット様はやはり、私には興味を持っていないらしい……。


 そもそも、ヴィルドレット様に見初められて私は今ここにいるわけじゃない。それは最初から分かっていた事。


 しかし、形はどうあれヴィルドレット様の婚約者として今ここいるのは私だ。


 結婚さえしてしまえばヴィルドレット様だって私を愛してくれるはず。

 

 だって、結婚ってそういうものでしょ?


 今は粗相の無い立ち振る舞いを心掛けて、明日の結婚式を無事に迎えれるようにする事が私の当面の目標だったはず。

 落ち込んでる暇なんてない!! 頑張れ私!!




 ヴィルドレット様は私の方へ歩み寄って来て手を差し出した。


「俺は、女性をエスコートするのがあまり得意ではない……許してくれ」


 ボソリと言ったヴィルドレット様の言葉は一人称が『私』から『俺』になっていて、声のトーンもちょっと違った。

 何というか……素のヴィルドレット様が垣間見れた気がする。


「いえ……こちらこそよろしくお願いします」


 椅子に腰掛けたまま私はぺこりと頭を下げ、それからヴィルドレット様から差し出された手の平の上に私の手の平を重ねた。


 ルイスさんの先導で部屋を出ると、まず長い廊下に出る。

 歩きながらルイスさんが口を開いた。


「さすがに全ての部屋を案内するのは骨が折れます故、主要なところのみの案内とさせて頂きます」


「はい」


 そりゃ、そうでしょうね。


 この屋敷を外観から見た時の光景を思い出しながら、ルイスさんの言葉に私は素直に納得する。


 それにしても凄い屋敷ね。その規模もさることながらその豪奢さも目を見張るものがある。


 例えば、今歩いている廊下の床には高級感を醸し出す金の刺繍が施された黒の絨毯が敷かれ、白を基調とした空間によく映えている。

 壁には等間隔に、一目で高価な代物だと分かる絵画が掛けられ、脇には花が飾れている。その花が活けられている花瓶もまた素人目でも容易に高価な物だと想像出来るような代物だ。

 そんな廊下が端から見た場合だと、もう反対側の端が目を凝らさなければ見えない程に長く続く。


 私は辺りを見回しながら感嘆の溜息を吐いた。

 分かってはいたけれど、ここまで違うとはね。恐るべし公爵家。


 そういえば、この政略結婚を機に父には『伯爵』が与えられるらしい。

 

 父の出世の為にも、私の幸せの為にも、このチャンスを必ずものにして、絶対にヴィルドレット様と幸せにならなければならない。

 私が幸せになる事こそが、この縁談を実現してくれた父への一番の恩返しになるのだから。

 

 廊下をルイスさんの後を付いて私とヴィルドレット様が並んで歩いていると、途中3人の侍女とすれ違った。

 その際、皆すれ違い様に私達に進路を開け渡すかのように壁側に寄ってお辞儀をしてゆく。


 魔女だった頃は人から頭を下げられる事なんて無かった。


 下級貴族とは言え、人からペコペコと頭を下げられるのが当たり前の今世。 

 これが未だに慣れない。非常に心地が悪くて私は苦手だ。


 ルイスさんや、ヴィルドレット様が侍女達のお辞儀に対して何の反応もしない中、私だけが侍女達に軽く会釈を返していく。


 ちなみに、屋敷に着いた時に私の荷物を運んでくれた2人の侍女と今すれ違った3人の侍女とは別人だ。

 やはり公爵家ともなると雇われている侍女の数も桁違いなのだろう。1人しか雇えない実家とはやはり次元が違う。


 あ、そういえば侍女に預けた私の荷物……

 

 後でしっかり在処を把握しておこう。

 今夜は大丈夫だろうけれど、明日の夜はきっと『黒』が必要になるはず。 そう考えて、ふと物思いに耽る。


 明日の夜……私は大丈夫だろうか……。


 胸の奥で不安と期待が膨らんでいく。 私はチラっと横目でヴィルドレット様へ視線を向けた。


 ――ッ


 ドクンと鼓動が跳ねた。


 私は隣りで歩くヴィルドレット様に赤面した顔が悟られないよう、下を向いた。

 



「とりあえず、この屋敷について大まかに説明しておきます。まずは1階部分についてですが、こちらは応接間や、客室などといった客人関係の部屋が多くを占めております。2階は執務室や、寝室といった旦那様や御坊っちゃまが暮らす空間で、3階は私達使用人の居住空間となっております。因みに当家の使用人は私を含め総勢21名です」


 前を歩くルイスさんの前説を聞き終えると同時に、判明したエドワード家の使用人の総数に度肝を抜かれる。


「まずはハンナ様が本日お休みになられる部屋から案内しましょう。ハンナ様は今日時点ではまだ正客の扱いである為、こちらの客室で休まれる事となります」

「そしてこちらが、明日以降のハンナ様がお休みになられる寝室でございます」

「そして、こちらがお風呂……」

「こちらがお手洗い……」

「こちらが御坊っちゃまの執務室……」

「こちらが旦那様の執務室……」

「こちらが食堂……」「応接間……」「ホール……」「図書室……」「エントランス……」「大広間……」


 次へ次へと屋敷内を案内されていく。

 そのどれもに私はさすがは公爵家と感嘆させられ、目を剥き驚くばかりだった。 まぁ、当たり前か。


 特にあのお風呂は凄く素敵だったなぁ〜。あのお風呂にこれから毎日入れると思うと今からもう待ち遠しい!


 白を基調とした造りはまるで神殿のようで、それでいてものすごく広かった。そして浴槽も超巨大。

 どれくらい巨大かというと……2、30人入ってもまだ余裕があるんじゃないかな? たぶん。

 あと、それとトイレ。確かにこれだけ大きな屋敷だから至る所にトイレが必要なのは分かるけど、24もいるかな?


「これでもまだ全ての部屋は回れていませんが、今日のところはこの辺にしておきましょう。回れなかった部屋は追々という事で」


 こうして、2時間程掛けた屋敷巡りは終了した。


 うぅ〜……疲れた。


 案外気丈に振る舞えているように見えて実はめちゃくちゃ緊張している私はこの屋敷へ到着してからずっと肩に変な力が入っている。


 いくら孤独が嫌いな私でも、今だけは一人になりたい気分だ。


 しかし、そんな私の希望も虚しく次なる婚約イベントがルイスさんの口からもたらされる。


「では、屋敷の案内はここまでとして、この後は庭園を2人で散歩して頂きます」


 それは、お馴染み『庭園散歩』だった。 本来であれば――


 ようやくヴィルドレット様との2人きりの時間がやってきた!


 なんて事を考えて気合いを入れ直すところだが、


 ……はぁ。 もう限界……さすがに落ち込む。


 ヴィルドレット様のこれまでの言動から察するに、やはりこの結婚に対しても、消極的である事は明らか。


 それは対面した直後から感じていた。

 自分自身に対して「それは分かっていた事でしょ?」と、何とか言い聞かせて敢えて悲観的に捉えないよう努めていたけれど……。


 いくらなんでも屋敷巡りの間、一言も声を発さないなんてあんまりじゃない? それに、すっごく気怠そうな表情してたし。


 分かっていた事とはいえ、ここまで顕著に態度で示されるとさすがの私もへこんでしまう。


 例え『愛』のない結婚だったとしても、長い時を共に過ごしてさえいれば、おのずと『愛』は育まれていくもの――


 結婚とは、そういうものだとずっと信じてきた。いや、違う。


 結婚=愛してもらえる。


 そう信じ込む事で折り合いをつけていた。

 せっかく好きな人と結婚出来るのにその人から愛されないなんて恐くて考えられなかったのだ。


 でも実際にヴィルドレット様と会ってみてその懸念は現実味を帯びてきた。

 とはいえ、今更この結婚を取り消す事など出来ない。

 

 もしも愛してくれないならば、努力しよう。


 努力してヴィルドレット様から愛される女になろう。


 こうして私は『結婚』=『愛し、愛される事』の間違った固定概念をようやく改め、これからは『愛される女』を目指していく事を心に決めた。

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