第31話 魔女とクロの再会
「ヴィルドレット様? あなたが救おうとしているのは魔女ですよ?分かっておいでですか?」
「ふん。おおよそ想像はつく。どうせ、お前が裏でハンナを魔女に仕立て上げたのだろう?シンシアに続いてまたしてギロチンとは悪趣味にも程があるぞ。『聖女』が聞いて呆れる」
ヴィルドレット様の言葉に、はっとする。ヴィルドレット様はあくまでハンナとしての私を助けに来ている。
……そうだよね。魔女だと分かった上で助けに来てくれるわけ無いよね。
私の事を魔女では無いと、何かの間違いだと、本気でそう信じているのだろう。
「ふふふ……そうですか。信じませんか。自分の愛する妻は魔女なんかでは無い!と、そう仰るのですね? ふふふ、滑稽ですね」
「どちらにせよ、お前だけは生かせておけん。この手でお前を殺す」
「……そうですか。仕方ありませんね。それじゃあ私も――」
アリスが一歩踏み出して杖を振り翳そうとしたその時、
「……馬鹿が。俺の間合いだ」
それは一瞬の出来事だった。
「――!?」
気がつくと、頭部を失ったアリスが首から血飛沫を上げ、頭部は美しい金の長髪を靡かせながら空に舞っていた。
ドス。
「うぅあああぁぁーー!!」
目の前落ちたアリスの頭部を見て、残った兵士達は悲鳴を上げながなら逃げていった。
私を挟んでいた執行人も、もはやいない。フェリクス王子も、王も。
血に染まった大広場に立っているのは私とヴィルドレット様のみ。
「たった1人で私の事を……」
「妻を守るのは夫の責務だ。たとえ世界を敵に回しても俺は妻である君を守る」
涙が溢れ出る。
でも、この涙には嬉しさよりも苦しさの方が多く含まれている。
「……違うんです」
私の事を信じて命懸けで助けに来てくれたヴィルドレット様。
でも、私は、ヴィルドレット様が信じたそれでは無い。
「聖女アリスが言っていた事は本当の事なんです……」
「どういう事だ?」
ヴィルドレット様の表情が変わった。
「私は、かつて『破滅の魔女』と呼ばれた存在の生まれ変わりなんです」
表情を崩さないまま足早に歩み寄って来るヴィルドレット様。
殺される――
そう思って目を瞑った瞬間、
「え?」
気がつけば私はヴィルドレット様に抱き締められていた。
「本当に、魔女……なのか?」
何かがおかしい。そう思いながら私はヴィルドレット様のその問い掛けに戸惑いながらも、
「は、はい……」
そう答えた。すると、私を抱き締めるヴィルドレット様の力が更に強くなった。
ぎゅっと力強く、絶対に離さない――そんな念のようなものが伝わってくる。
何かの間違いじゃないのかと、そう思う。魔女だと知った私の事を抱き締めるなんて、もしかすると私とヴィルドレット様の間で何か行き違いがあるのかもしれない。
でも、勘違いだとしても、魔女としての私が受け入れられたような気がして、それがものすごく嬉しい。
「ずっと君に会いたかった。君の事をずっと心に想い続けていた」
続く何かの間違い。一体誰と私を間違えているのだろうか?
でも、嬉しい。私に対してじゃないにしてもこんなにも強い愛情で包まれて、今の私は幸せだ。
この誤解を解いて、私の事を魔女としてちゃんと理解させた後、たとえヴィルドレット様に殺されたとしても悔いは無い。
「違います」
「え?魔女じゃないのか?」
私を離し、目を丸くして私を見るヴィルドレット様。
「そうです。私は魔女です。でも、あなたが本当に愛する人ではありません。あるはずが無いのです。だって、私は魔女だから……」
「馬鹿か!お前は!」
再び強く抱き締められる。
「君の事だ!俺がずっと恋焦がれていた、ずっと一途想い続けた女こそが君なんだ! 『破滅の魔女』と呼ばれ、世界から疎まれ、でも『人』から愛されたいと願っていた孤独で寂しい魔女の事が俺はずっと大好きだったんだ!」
「……え?ど、どういう……」
「クロだよ。俺は、君がクロと呼んでいた猫の生まれ変わりだ」
一瞬、思考が止まる。そして、ゆっくりと聞いた言葉を噛み砕く。
「……クロ、なの?」
「そうだ」
涙が溢れ出る。ずっと会いたかったクロ。私の心を支えてくれていた存在。
クロが再び私の前に現れてくれていた事が嬉しい。それに、
「君がいつも言っていた『クロのお嫁さんにして』は知らないうちに現実になっていたようだな」
かつての私が口癖のように言っていた戯言。当たり前のように叶わないものとして『夢』とすら思ってなかった。だけど、私の理想はそれだったのだったのだろうと今は思う。
「うん……クロのお嫁さんなんて事、夢にも思ってなかった」
ヴィルドレット様はゆっくりと体を離し私のへ向けて頭を下げた。
「すまなかった。魔女への想いをどうしても断ち切れずに、君に辛い思いをさせてしまった」
あたかも、魔女と私が別人であるかのような言い方に思わず笑ってしまった。
「だから私が魔女だと言ってるでしょ?相変わらず可愛いねぇ、クロは」
揶揄うように私が笑うと、ヴィルドレット様は照れた顔つきでこんな事を言った。
「その悪戯な笑顔……正真正銘、魔女だな」
「それはそうと――」
今度は私がヴィルドレット様へ歩み寄り、背伸びをして手を伸ばす。
「ありがとうね、クロ。私の夢を叶えてくれて」
そう言って私はヴィルドレット様の頭を撫でた。
「今なら君に胸を張って言える」
「何をですか?」
「君の事を愛していると」
そう言ってヴィルドレット様は私にキスをした。
その後、私はヴィルドレット様からここへ来るまでの経緯と今の状況を説明された。
どうやらエドワード公爵家は国家を相手取ったクーデターを起こしたらしい。
しかし、集まった戦力が心許なかった為、私を救出する為の兵力を割けずに仕方なくヴィルドレット様が単独で助けに来てくれたとの事。
そして今まさにこの国の覇権を賭けた戦いの真っ最中で、今すぐにヴィルドレット様は激戦区へと行かなければならないとの事。
それを聞いて私は不安になる。
「ヴィルドレット様!私も連れて行って下さい!かつては『破滅の魔女』として恐れられていた存在です。きっと私も力になれるはずです!」
「ダメだ。ここ数日の君は精神的、肉体的共に疲れ過ぎている。それに君が魔女として強大な力を持っていたのはあくまで前世までの事」
「でも……もし、ヴィルドレット様に何かあったら……」
ようやく見つけた幸せ。絶対に失いたくない大切な人。そして、どうしても考えてしまう最悪の結末。 言い知れぬ恐怖心に駆られる。
泣きそうな私の頭をヴィルドレット様が撫でながら言う。
「大丈夫だ。愛する者の為、何より君と幸せになりたい俺自身の為に必ず生きて帰る。 そしてその夜に、君と交わしたあの夜の約束を俺に果たさせて欲しい」
『ヴィルドレット様が私に対して『愛してる』と、胸を張って言えるようになった時に、さっきの言葉の責任を果たして下さい』
その時の事を思い出して顔が熱くなる。
私は目線を下へ逸らしながらコクリと頷いた。
次回で最終話です。




