第三十話 夕陽に煌めくギロチンの刃
王城の地下最下層――まるで洞窟のような土壁剥き出しで薄暗いそこには、極めて危険人物だとして認められた死刑囚が収容される独居房がある。
特別仕様の牢獄は一際太い鉄格子で囲まれており、6人の看守の目がその独居房に張り付く。死刑囚はそこで執行までの最後の時を過ごす事になる?
400年の時を経て最恐最悪の魔女が甦ったとして、そんな私が入れられる牢獄はまさにそこだった。
私の魔女としての力を恐れての事か、魔力を無効化する術が施された重厚な造りをした手枷、足枷を嵌められて、更にそれらは太い鎖で壁に繋がらている。
ただ、鎖にある程度のゆとりがある為、限られた可動域だが多少、手足は動かせる。
私は地べたに横たわりながら、その時を待つ。
この牢獄へ入れられて一体どれほど時間が経過したのだろうか。
1日? いや、もしかしたら数日経っているのかもしれない。
迫り来る『死』までの時間。ハンナとしての人生を振り返る。
私を無償の愛で包んでくれた両親に、妹思いの兄。これからの成長が楽しみなまだ幼い妹。そして、私に関わる全ての人達。
ごめんなさい。
今世の私は家族、友人に恵まれた幸せな人生だった。
魔女の頃に憧れた人並みの幸せを私は手に入れていた。私の居場所はそこにあったはず。それなのに私はそれら全てを自ら捨てた。
今世の私には姿を消す事で心配を掛ける人が大勢いる。それを知った上での行動。彼等に対する裏切りと言っていい。
だからこうして天から罰が下ったのだろう。裏切りの代償。そう思ってこの死を受け入れよう。それに、
「……もう、疲れた」
私はそう小さく呟いた。
――コツ、コツ、コツ
誰かがこちらへ歩いて来る。足音からして看守ではない。高貴な女性特有のハイヒールの足音。
「ご機嫌いかがかしら? 魔女さん」
視線を声の方へ向ける。
暗がりの中に佇む白の衣と金の長髪――聖女アリスが美しい笑みを浮かべていた。
「――――」
「あら、そんな恐い顔で睨まないで?」
これから来る死を受けれる覚悟が出来たとはいえ、目の前のこの女に対する憎しみは計り知れない。
前世の私が殺された後、私の首はこの女によって大衆に晒された。そしてそれを足掛かりにこの女は『大聖女』としての栄光を手に入れたのだ。悔しくないわけがない!
そして、今世でも全く同じように私のこの首が、この女の出世の為に差し出されようとしている。
「大丈夫よ。ハンナさん、安心して?」
アリスはしゃがみ込み、私に聖女のような微笑みを浮かべながらその後を続けた。
「ヴィルドレット様の妻というあなたの跡は私がちゃんと責任をもって引き継ぐわ。あなたが貰うはずだったヴィルドレット様からの愛は全て私が貰ってあげる。あなたの代わりに私が幸せになってあげる。 だから安心して? 天国から私とヴィルドレット様の事を優しく見守っててね?」
この女へ対する憎しみで体が震える。
「あなた、フェリクス王子の婚約者でしょ?」
「あー、それね。それはヴィルドレット様が誰とも結婚しないって言ってたから仕方なしにフェリクス王子にしたまでの事。でも、あなたは証明してくれた。ヴィルドレット様と結ばれる事は可能だと。あなたが可能でこの私が不可能なわけ無いじゃない?それに、より魅力的な男性に靡く事は当たり前の事でしょ?」
この女は本気でそんな事を思っているのだろうか……
「馬鹿な女ね」
「あら、負け惜しみかしら?」
「そもそも、ヴィルドレット様が愛する人は私じゃない」
「……じゃあ、それは一体誰なのよ」
聖女のような表情を見せていたアリスの顔がまたあの悍ましい表情に変わった。
この女にはむしろこの顔の方がよっぽど似合っていると思う。
「知らない」
私が答えたところで看守が割って入ってきた。
「恐れ入ります、アリス様。そろそろ時間でございます」
「あら、そう?もうそんな時間? お楽しみの時間ね」
アリスは私の方を見てニヤリと不敵な笑みを浮かべて去って行った。
「おい。死刑執行の時間だ。」
結局、今世でも私は『魔女』として死ぬらしい。
◎
夕刻――王城大広場にて
空はオレンジ色に染まり、黄金色に輝く太陽をバックにしたギロチン台を見据えながら私は執行人と思しき2人に挟まれながらゆっくりと歩を進める。
結婚式の時とは比べ物にならない程の大観衆に、私を見る好奇な視線。
ギロチン台近くに設けられた特等席には笑みを浮かべるフェリクス王子と聖女アリス、更には王の姿まである。
あのギロチンの刃が落ちた瞬間に全てが終わり、その後に私の落ちた首を見ながら浮かべるであろう聖女アリスの満足感に満ちた笑みが頭に浮かぶ。
無いと思いつつも考えてしまうのは、私が死んだ後の聖女アリスの恋の行方……ヴィルドレット様はどう応えるのだろうか……。
そして、ヴィルドレット様の本当の想い人――一体どんな人なのだろうか……。
今こうして大衆の前に立つ私は紛う事なき『魔女』。そんな今の私を何処かでヴィルドレット様は見ているのかもしれない。そのヴィルドレット様がどんな目で私を見ているかは分からない。
けれど、私は願う。心の底から――
ヴィルドレット様と、その想い人との恋の成就を。
「ハンナ!!」
突然、叫ぶように私の名前を呼ぶ声が響き渡った。何度も私の心を揺さぶった、あの甘い声。
声のする方を振り向くと、そこには銀の鎧を身に纏った黒髪の騎士の姿が。
「ヴィルドレット様……」
胸が締め付けられる。
死を受けれていたはずの私の心に、生きたい、という思いが芽生える。
私は叫んだ。
「――助けて!!」
「もちろんだ」
そう答えた黒髪の騎士は剣を抜いた。
直後、私は初めて『剣聖』の力を目の当たりにする。
城から出て来た無数の兵士がたった1人の黒髪の騎士を取り囲むがその直後、血飛沫が舞うと共に取り囲んでいた兵士は皆屍と成り果てていた。
その後も魔術や矢、練度の高い騎士団をもってしても『剣聖』の力には及ばず、そしてとうとう――
「さすがは『剣聖』ですわね。ヴィルドレット様」
世界最高の魔術師である聖女アリスが剣聖の前に立った。




