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第三話 結婚へ

 ヴィルドレットの『愛さない』宣言より遡る事、十数時間前――朝。 ハンナの実家、スカーレット家にて――




 私を寂しそうに見送る両親、兄、そしてまだ幼い妹。

 今世、生まれ育った実家を背に、今私は夢と期待が詰まった明るい未来へ向って歩き出した。


 空を見上げれば、今の私の気分を表したかのような晴れ渡る青空が今日というとても素晴らしい日に彩りを添えてくれている。


 あれほど夢焦がれた『結婚』を目前にし、私の心は弾んでいる。 今の私の表情は心からの笑顔だ。


 今世――私に生まれた事を女神様に感謝します!




 前世――私が『魔女』として生きた生涯、それはとても寂しいものだった。


 愛を知らず、愛される事に憧れを抱いきつつも、一人孤独の闇を彷徨う日々。

 そんな辛く寂しい日々を過ごす中で唯一、私の心を癒やしてくれる存在がいた。


 その存在は『猫』だった。真っ黒なその見た目から私はクロと呼び、毎日語り掛けては私の心に蔓延る孤独感を紛らせていた。


 いつも傍にいてくれたクロは私にとって心の支えで、かけがえのない存在だった。 すごく、大切な存在だった。それは本当の、本当で決して嘘じゃなかった。でも、


 だからといって私の心が満たされていたわけでは無かった。


 何故ならクロはただの猫だったから。

 幾ら話し掛けても言葉が返ってくる事は無いし、考えている事も分からない。悲しみや喜びを共有する事もない。

 ただただ、私が一方的に話し掛けるだけだった。 寂しかった……


 クロさえ居てくれればそれで良い――そう自分に言い聞かせていた。でも、本音は違った。


 言葉を交わしたかった。喜びや悲しみを共有したかった。――愛を知ってみたかった。誰でもいいから私の事を愛して欲しかった。


 だから私は人間として生きたかった。魔女ではなく、女として――




 そして、私のその願いは今世、人間に生まれ変わった事で叶えられた。

 ただ、どういうわけか、私は前世での記憶を引き継いでいる。もちろん、私の前世が魔女だった事は極秘事項で、誰にも言っていない。

 もし、バレでもしたその時は『現在に甦りし魔女』として処刑は免れないだろうから。




 まぁ、そんな事はさて置き。

 私は今幸せの絶頂にいる。理由は前述にある通り、私の結婚だ。


 私の嫁ぎ先は王国屈指の名家であるエドワード公爵家。そして、私の夫となるのが嫡子にあたるヴィルドレット・エドワード様。


 聞くところによるとなんでも、類い稀なる剣の才能をお持ちのヴィルドレット様は剣聖に選出され、近衛騎士団長を務めているとか。更にそのお人柄も良くて、超が付くほどのイケメン。


 そんな御方だからこそ当然、色仕掛けやら何やらあらゆる手段を使って何としてもでもヴィルドレット様を振り向かせようとする上級貴族の令嬢が後を絶たなかった。

 その一方で「私なんかでは……」と、密かな恋心を胸に秘めるだけで尻込みして何も行動に起こせない下級貴族の令嬢も大勢いた。

 とにかく、ヴィルドレット様の存在は多くの貴族令嬢達を虜にし、私もまた、そんな麗しきヴィルドレット様の事を遠目から憧れる下級貴族の令嬢だった。


 そんな王国屈指のモテ(おとこ)であるヴィルドレット様だが、何故かその身に降り掛かろうとする色事からは逃げに逃げ続け、持ち掛けられるお見合いに対しても頑なに拒み続けた。

 そして仕舞いには「生涯未婚」を公言してしまう始末。


 それでも尚、我こそはと百戦錬磨を誇る見目麗しい令嬢達はヴィルドレット様へ挑み続けたが、結局誰一人としてその牙城を崩す者は居なかった。


 そんな、王国屈指の令嬢(モテおんな)達が全く通用しなかった難攻不落のヴィルドレット様が何故私のような下級貴族令嬢と婚約するに至ったのか――そこには私の父による執念の策略があったからだった。




 私の密かな女心に気付いていた父は、愛娘である私の為に考えを巡らせた結果、一縷の望みを見出した。


 父はヴィルドレット様の公爵家嫡子という立場上『生涯未婚』とは、そうはいかないのではなかと考え、更に近頃では申し込まれる縁談自体も少なくなったのではなかろうかと、頃合いを見計らって持ち掛けた縁談が見事的中。今回、その実を結ぶ結果となったわけだ。


 まさに父の執念――娘である私の幸せを一番に願ってくれた父が起こしてくれた奇跡。


 ありがとう、お父さん! 私はお父さんの娘で幸せです!


 とはいえ、現時点でこの結婚に『愛』は無い。そもそもヴィルドレット様は私の事を知らない。ヴィルドレット様にとって私と会うのはこれからが初めてだ。

 

 一方の私はというと、ヴィルドレット様がお目見えする社交の場には積極的に参加していた事もあって見知っている。

 もちろん言葉は交わした事は無いし、近づく事すら叶わなかった。

 ただただ父の後ろに付きながら遠目でヴィルドレット様のその麗しい御姿を眺めるだけだった。


 更に前述に倣うならヴィルドレット様はこの結婚に対しても消極的だと思われる。


 だけれど、結婚さえしてしまえば――、


 共に笑い合い、支え合い、苦しい時でも互いに励まし合って、そんな風に苦楽を共にしていれば次第に『愛』は芽生えていくはず。 私はそう信じている。 いや、信じたい!


 私はそう自分の中での一抹の不安を説き伏せ、エドワード公爵家からの迎えの馬車に乗り込んだのだった。




 ◎




 実家を出発してから丸1日。自然豊かで美しい山々に囲まれた辺境地にエドワード家の屋敷はあった。


「分かっていた事ではあるけど、やっぱり凄い……」


 エドワード家の屋敷は当然だけど凄かった。下級貴族の実家とは比べ物にならない。いや、比べる事すら憚られるか……


「ようこそ、お待ちしておりましたハンナ様」


「お出迎え有難うございますルイスさん」


「先日スカーレット家を訪問させて頂いた際の私に対する手厚いおもてなし、誠に有難う御座いました」

 

 この正装を身に纏った白髪の老人はエドワード家に仕える執事、ルイス・グリフォンさん。

 私とルイスさんが顔を合わせるのは今日が二回目。この政略結婚にあたっての様々な取り決め事を話し合う為、使者としてルイスさんが私の実家へ来たのはつい先日の事。……そう、この結婚は政略結婚だ。


「その節はわざわざ足を運んで頂きましてありがとうございました」


「いえいえ。とんでもございません。お坊ちゃまの結婚相手であるハンナ様がどのような御方であるか知り得る良い機会でした」


 ――ん? それってエドワード家の嫁として私が相応しいかを実家ごと見定めてたって事よね?そう思うと血の気が引く思いがする。


「……は、はは。 そ、そんな事より、この度は私の()()を通して頂き本当にありがとうございました」


「えぇ。その件につきましては当家と致しましても、婚約などまどろっこしいものは抜きにしようと、()()()も大変乗り気でおいででしたよ」


 ん? ルイス様の言う()()()って公爵様の事よね? 私としてはヴィルドレット様本人がどう思っているのかが気になるところだけど……




 主に貴族や王族の間で交わされる『政略結婚』――


 本来ならまず、婚約してからある程度の年月を掛け、愛を育んだ後に結婚するのが通例だ。


 しかし、私達の『政略結婚』は世間でいうところの婚約をすっ飛ばし、初めて顔を合わせる今日の明日には結婚式を挙げる予定なのだ。

 

 いやぁ、まさかこんな要望が受け入れて()()()なんてね。何でも言ってみるものよね。


 そう。この異例の『政略結婚』の形は()()エドワード公爵家へお願いをした事。


 ――ん? 何故そんなお願いをしたかって?


 そんなの、決まってるじゃない!この政略結婚(チャンス)を確実なものにする為!

 婚約なんかして、もし婚約破棄なんかされては目も当てられない。 

 婚約破棄なんてよくある話。最近では特によく耳にする。つい先日も――


 第一王子がレオール侯爵令嬢に婚約破棄を申し出たとか。でも、実はその裏でバカ王子――じゃなかった……第一王子の新しい婚約者の聖女(平民出身)が色々と画策してたとか、してなかったとか……


 あと、それからこんなのもあったらしい――


 一週間くらい前の事。王族主催のパーティの場で第三王子が婚約者のローズ伯爵令嬢に向かって声高らかに婚約破棄を宣言したとか。……声高らかに宣言って……(笑)


 ともあれ、こんな事が起こるくらいなら最初から婚約なんかせずにさっさと結婚してしまえばいいのよ!


 だから私は会話を交わした事すらないヴィルドレット様と明日結婚式を挙げる。


 正直、少しだけ不安……私の事を受け入れてくれるだろうか……と。


 でも魔女だった頃、あれだけ夢に焦がれた『結婚』。しかも、お相手はあのヴィルドレット様。そんな私にとってこの『結婚』に躊躇うものなど何もない。


 すぐには無理でも、ゆっくり時間を掛けて愛し、愛される夫婦になっていければいい……今世こそ私は幸せになりたい。

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