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第二十四話 デート

 エリスに送り出され、私はヴィルドレット様との待ち合わせ場所の庭園にある噴水へと向かう。


 屋敷から一歩外へ踏み出した私は息を吐き、それから空を見上げた。


 ここ数日荒れた天気だったので心配したが、見事なまでの晴れ模様にほっと胸を撫で下ろす。


 それにしても、私がエドワード家に来た初日といい、結婚式の日といい、肝心の日に良い天気に恵まれてくれる。


「私ってもしかして、晴れ女かな?」


 自分で言った戯言に自嘲の笑みを作って、それから視線を空から下へ落とす。


 石階段の上から見下ろす先には庭園の中央で存在感を発揮する噴水が水飛沫を上げ、そこには虹が掛かり、その美しい光景を背後に待つヴィルドレット様もまた、清く、爽快で、美しい。

 私は早い足取りで階段を降りてヴィルドレット様のもとへ駆け寄った。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません」


 顔を合わて、まずは待たせた事への謝罪に頭を下げる。


「いや、いい。俺も今来たところだ」


 そう言いながら、目を見開いて少し驚いたような表情で、私を食い入るように見るヴィルドレット様。


 その視線を受けて私はゆったりと優雅な素振りで淑女の礼をし、口を開いた。


「エリスにおめかししてもらいました。 どうですか?似合ってます?」


 ヴィルドレット様は困ったように頬を人差し指でポリポリ掻きながら言いづらそうに答えた。


「……ああ、よく似合っている」


 その反応が、顔が、私の胸の奥をきゅっと優しく締め付ける。 


 ……可愛い。


 ヴィルドレット様は照れた自分の顔が私に見えないようそっぽを向きながらエスコートの手を私へ差し出し、


「じゃ、行くか」


 その手の平の上に自らの手の平を置いた。


「はい」


 あまりに分かり易い表情の変化に、それを必死に隠そうとする仕草、どれもこれもが不器用で、可愛い。


 これが、母性本能と言うやつなのかしら?


 早速、幸せを噛み締め、頬が緩む私はふと噴水のすぐ横に控えている馬車に目をやった。直後、その影からルイスが現れた。


「お待ちしておりましたお嬢様。 ささ、どうぞこちらへ」


 ルイスに促され、ヴィルドレット様にエスコートされながら私は馬車に乗り込んだ。続いてヴィルドレット様も乗り込み、向かい側に腰を落ち着かせる。


「それでわ出発致します。商店街までは20分ほどで着くと思われます」


 ルイスはそう言うと扉を閉め、前の方へと移動した。どうやらルイスがこの馬車を走らせてくれるようだ。


 屋敷を出発してから約20分後、ルイスの予定時刻通り、目的地の繁華街へ到着した。


 エドワード領は経済活動が盛んで王国の中でも指折りの力ある領地だ。

 そんなエドワード領の中心街なのだから当然、沢山の人々が行き交い、賑わっている。


 一番多く目につくのは呉服店だ。ショーウィンドウを備えた店が幾つも立ち並び、その店々の嗜好は展示されているマネキンに着せられた商品で見てとれる。


 他には、平民でも気構える事無く入店出来そうなアクセサリー店から、明らかに上級貴族が客層と思しき格式高そうな宝石店。それにドレスを取り扱う店に、靴屋。さらには今流行りの貴族令嬢が肌身離さず持ち歩く、あの豪奢なデザインのあの扇の専門店まである。

 

 ありとあらゆるジャンルの店々が無数に立ち並ぶ様は正に、『繁華街』。


 人混みの中、私とヴィルドレット様は立ち並ぶ店々を右側に、横に並んで歩く。


「まずは昼食にするか」


 日も高くなり、そろそろお腹が空いたと思っていたところだった。自然と笑みが零れる。


「はい!」


 元気に返事をしたちょうどその時、私はある事を思い立った。


「私、ヴィルドレット様がいつも行くと言っていた大衆レストランに行ってみたいです!」


 ヴィルドレット様が騎士として王城で勤務する日、即ち平日に食べる昼食は、ほぼほぼ固定されているらしい。


『いつも俺が行く大衆レストランのオムライスは絶品だ!』


 あのヴィルドレット様が珍しく力強い口調で言うものだから、それからずっとそのオムライスが気になっていたのだ。


「……そこに、行きたいのか?」


 どことなく、苦い表情を浮かべるヴィルドレット様に対して、私ははっきりと首を縦に振る。


「あそこは王都寄り、この繁華街の外れにある。だから少し歩くぞ?本当に、いいのか?」


 何故か念を押すような物言いに対して私は力強く頷いた。


 それを受けたヴィルドレット様は一つ小さい溜め息を吐くと、


「そうか、分かった。 じゃあ、そこへ行くとしよう」


 諦めたような表情で如何にも渋々といった感じで同意してくれた。


 ――あぁ、そうか。


 考えてみれば、ヴィルドレット様にとっては『いつものオムライス』。

 いくら美味しいとはいえ、たまには違ったものが食べたかったのだろうと、言った直後に後悔するのは私の悪い癖だ。

 

 とはいえ、そのオムライスに私がありつけるチャンスは今日しかない。 

 基本、食べ物において見境が効かない私はそのまま遠慮なく我儘を通させて貰おうと決意を固める。


 目的地をオムライスが美味しい大衆レストランに定め、立ち並ぶ店々に目をやりながら歩いていると、


 ――『ぷりん専門店 ぷるぷるぷるるん』。


 私にとってこれ以上ない、心ときめく文言が目に入ってきた。


 それには思わず表情筋を緩ませてしまったが、今更「ぷりんが食べたい」だなんて、我儘に我儘を重ねるわけにもいかず、私は断腸の思いで顔を顰め、お洒落で美味しそうな店構えを見つめながら、その場を通り過ぎる。……無念。


 その後も私は右側を向き、視界に流れる店々を吟味していると、


「俺がいつも来る食堂はここだ」


 ヴィルドレット様は立ち止まり、体ごと右側を向いた為、私もそれに続く。


 今、目の前に立つこの店の様子は、屋根が赤茶色で外壁がクリーム色の少し古びた感じでお世辞にも高級感があるとか、キレイで清潔感があるとは言い難い。が、むしろこの感じがいい味を出しているように思える。そして、表に並ぶ食品サンプルが私の食欲を掻き立てる。


「わぁ、美味しそうですね! オムライスが美味しいと聞いていたのでオムライスを食べるつもりでいましたけど、こうして見ると目移りしちゃいますね。……あぁ、ハンバーグ美味しそう。 いや、ビーフシチューも良いなぁ……あぁ、どうしよう。決められない」


 ガラスケースの前で食品サンプルに向けて指を差しながら立ち往生する私は今、周りがよく見えていない。


「俺はオムライス一択だけどな。それより早く中へ入ろう。こうして店の外でいつまでも迷っていては他の客の迷惑になる」


 この言葉にようやく我にかえった私は頷き、店内へ入る。

 

 それにしても、ヴィルドレット様のような上級貴族が足繁く通う大衆向けのレストランとは一体どれほどの味なのだろうか? 早く食べたい!


 期待感に胸を膨らませ、同時にハードルもぐんぐん上がっていく。


 席についてからも私はやはりメニューと睨み合い、中々決められない。


「うーん。オムライスか、ハンバーグ……」


 私がそう呟くと、ヴィルドレット様は溜息混じりに口を開いた。


「……俺のオムライスを少し分けてやる」


 その言葉に私は満面の笑顔で返し、


「え!?いいんですか? じゃ、私はハンバーグにします!」


 即決。


 無事に注文を済ませ、ふぅ、と一息吐くと、そんな私の事をヴィルドレット様が微笑みを浮かべながら見ていた。


「……ななな、何ですか?」


 ここまで、ヴィルドレット様の前で見境なく食い意地を晒していた事に今更気付き、羞恥心が込み上げ顔が赤くなる。

 

「いや、何でもない。……ただ、ハンナを見ていると昔の事を思い出す」


 てっきり私の食い意地について揶揄われるのかと思っていたが、そうではないようだ。

 どうやら私の事をヴィルドレット様の過去の思い出と重ねているみたいだ。


「……ヴィルドレット様の昔の思い出の登場人物に私みたいな食い意地を張った人がおられたのですか?」


「ははは! 面白い言い方だな! うん。そうだな。確かに、食べる事は好きだったな。でも、それ以上に天真爛漫で無邪気なところが君とよく似ている」


 もの凄く晴れやかで、楽しそうで、でも、それでいてどこか儚げな、そんな表情のヴィルドレット様を見て、私の中の何かが作動した。


 そして、目の前のこの笑顔が私の心を八つ裂きにする。


 これが女の勘というやつなのか――、


「……その人なんですね」


 俯き、暗い声音でボソっと呟くように私は言った。


「え?」


 ヴィルドレット様は突然の私の変化に驚いているようだ。


「私と結婚するまで、頑なに結婚を拒み続けていた理由はその人なんですね?」


「…………」


 私の問いにヴィルドレット様は一瞬目を見開き、その後は目を伏せて黙りこんだ。

 その反応からしてやはり間違いないのだろう。今まで私の中で燻っていた、考えないようにしていた一つの可能性が確信を得た瞬間だった。


「やっぱり、そうなのですね。 ヴィルドレット様の本当の想い人はその人で……私とその人が似ているから、だから私と結婚してくれた、そうなんですね?」


「ち、ちが――」


「違うんですか?」


 語気鋭く迫る私にヴィルドレット様は眉間に皺を寄せて苦悶の表情。 そして、


「いや。そうだ。 君の言葉の通りだ……すまない」


 たどだとしく、口にしたその言葉は本当に申し訳なさそうで、誠心誠意が込められているのが伝わってくる。


 目を細め、唇を噛み締め、今にも泣き出してしまうかのような苦しい顔で私に対して頭を下げる。

 

 それに対して、私はどんな反応で返せばいいのか分からない。


「……ごめんなさい」


 それだけ言い残して、私は逃げ出すようにその場から立ち去った。

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