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第二十二話 淑女教育

 結婚式から10日が経過した。


 近衛騎士団の団長を務めるヴィルドレット様の主な職務は、王城の警備と団長としての職務諸々。

 休みの日は不定期だが、大体7〜10日に1日くらいの頻度で非番の日が回ってくるらしい。

 それと、たまに現れる魔獣の討伐作戦に参加した時の次の日も休みになるらしい。


 そんなヴィルドレット様が屋敷へ帰って来るのは、早い時だと夕暮れ時、遅い時だと夜が更けた頃に帰ってくる。


 私はヴィルドレット様の帰りがどんなに遅くなろうが、起きて出迎えるようにしている。


 何故? と聞かれれば、無論それはヴィルドレット様の妻だから、と答えるが、一番の理由はその時のヴィルドレット様の「ただいま」の微笑みが大好きで、その笑顔を見る瞬間が、一番幸せを感じるからだ。


 それから寝る時だが、今はもう別々の部屋で寝ている。

 但し、お義父様が変な心配をしないようにと、3日に1度くらいの頻度で寝室を共にするようにしている。もちろん、夜事情には何の進展も無いけれど。


 ヴィルドレット様が王城へ仕事に行っている間、私はというと、上級貴族としての教養を得る為、ひいては次期公爵夫人としての品格を得る為の淑女教育を侍従長のエリスから受けている。


 下級貴族だった私に備わっていた淑女としての品格ではどうやらダメらしい。


「お嬢様! テーブルマナーはその人の品格を最も表します。 食事だから、といったような油断は禁物です」

「お嬢様! カテーシーは淑女の作法で最も代表的で、場数の多い作法です。 大変恐縮ながらお嬢様のカテーシーは、いささか気品さに欠けます。優雅で気品あるカテーシーが出来るようになって下さい」


 エリスはとても熱心に淑女教育を私に施してくれる。しかし、その方針は完全にスパルタだ。


「お嬢様!! 椅子の背もたれに背中をつけてはなりません。そして食べる時には口で迎えず、背筋を伸ばしたまま必ず食べ物を口の方へ運ぶのです!」

「お嬢様!! そんなぎこちないカテーシーではダメです! もっと余裕ある立ち振る舞いで行って下さい! あと、膝を折る角度もなっていません!もう少し重心を下げて下さい!」


 こんな風に毎日3時間、朝食後に母親世代と思しきエリスからみっちりとしごかれるのだ。


「今日のところはここまでとしましす。頭の中だけでも良いので、今日やった事は今日のうちに、ちゃんと復習しておいて下さいね」


「あれ? まだ1時間しか経っていませんけど?」


 エリスの早すぎる終わり宣言に私は首を傾げる。


「この前の王家の夜会以降、お坊ちゃまが非番の日は今日が初めてですよね? それにこの後、2人で商店街の方まで出掛けられるとリズから聞いております。ですので、今日は早めに切り上げようと最初から思っていたのですよ」


 エリスの言う通り、淑女教育が終わった後、ヴィルドレット様と2人でお出掛けする約束をしている。もちろん誘ったのは私から。

 しかし、ヴィルドレット様にとっては貴重な休日。

 本音では屋敷でゆっくりと体を休ませたかったんではなかろうか?と言った後から私は後悔していた。


 申し訳なさそうに、表情を沈める私とは対称的にエリスは思い出したように「ふふ」と、軽く吹き出してから言葉を続けた。


「今日はいつに無くお坊ちゃまがそわそわと、落ち着かないご様子でしたよ? おそらく女性と2人きりで出掛けられるなどこれまでに無かった事なので緊張しておられるのでしょう。 あんなお坊ちゃまは初めて見ました」


 エリスはそう言いながらまた吹き出した。


「やっぱり。 誘わない方が良かったかな?」


 お仕事で疲れているところへ、私起因で更に疲れさせてしまうわけにはいかない。


「いいえ!とんでもない! おそらく今日の日をとても楽しみにしていたと思いますよ? お坊ちゃまは表情に出やすいので見ればすぐに分かります。 それに私はエドワード家に仕えて長いです。お坊ちゃまの事も子供の頃からよく知っています。そんなわたくしが言うのですから間違いありません!」


「そうかな……」


「そうですよ! お坊ちゃまはお嬢様の事を好いておいでだと、わたくしは思いますよ?っと、そんな事より早く支度をせねば! お坊ちゃまが首を長くして待っておいででしょう。 ささ、お嬢様、早くこちらへお掛けになって下さいませ」


 私はエリスの言葉にしっくり来ない表情を浮かべながら、化粧台の椅子を引いて待つエリスの元へ歩を進め、その椅子へ腰を落とした。


「うんとおめかしして、お坊ちゃまを驚かせてやりましょう」


 エリスはそう言いながら私の寝乱れ髪に優しい手つきでヘアアレンジを加えていく。


 化粧鏡に映る私とその背後に立つエリス。さっきのスパルタ顔とは打って変わってエリスの穏やかで優しい表情を見てると心地良くて、なんだか急に母親の事が恋しくなって、会いたくなった。


「いつもであれば、お坊ちゃまは休日の朝はなかなか起きて来られないのですが、今日は早朝より起きてこられ、リズにお嬢様の事で色々と聞いておられるようでした。

 おそらく、今日お嬢様とのデートプランを熟考していたのでしょう」


 エリスの言葉に私はやはり疑問を覚え、首を傾げる。


 いつも仏頂面で口数も少なく、せっかく寝室が一緒の日でも、私は朝までもっともっとお話がしたいのに、そんな私の事をほったらかしたまま、自分だけ先に寝てしまう。


 大きなベッドだからと、間を空けて背を向け合えばいいじゃないですかと、幾ら説得してもいつもの椅子で寝てしまうあのヴィルドレット様が?


 ないない。


 私との休日の為にそこまで私に尽くそうとしているとは、さすがに思えない。 

 仮に、エリスが言う事が本当だとすれば、それは確かに私にとって計り知れない喜びになるだろう。


 でも、あり得ない。 


 何より、あの仏頂面のヴィルドレット様からエリスの言うそんなヴィルドレット様の姿が想像できない。


 そもそも、そうで無くても私は既に幸せだ。


 ヴィルドレット様が私の為にデートプランを練ってくれてる事を期待するなんて、烏滸がましいにも程がある。


 どんなに帰りが遅くなって、疲れている様子でも毎日私との時間をしっかりと作ってくれる。 

 その日の私の周辺で起きた事柄や、今日のリズがどうとか、今日エリスのスパルタがどうとか、あーだこーだ私が一方的に喋りまくるのをヴィルドレット様が眠気顔でも、うんうん、と頷きながら聞き手に徹してくれる。 それだけで私の心は満たされているのだから。


 仏頂面で、口下手なのも今に始まった事では無い。最初から知っていた事。

 私はそんな所も含めてヴィルドレット様の事を愛している。


 私はちゃんと知っているつもりだ。


「あんなに見目麗しいくせして、ホント、不器用な男なんですよ。 お坊ちゃまは」


 そう!その通り! ヴィルドレット様は女に不慣れで不器用なのだ。


 まるで困った我が息子を見るような笑みを浮かべるエリスの言葉に、それには私も激しく同意し、そしてヴィルドレット様の事を絶賛する。


「全く、その通りね。あんな顔して女に不慣れで不器用だなんて、こんな素敵な男性が他にいる?」


 鏡越しのエリスは、にっと口角を上げてこう答えた。


「いいえ。世界中どこを探しても見つかりませんね。 断言できます」

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