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第二十一話 夜会

 私は今、フェリクス王子の新しい婚約者のお披露目の為の夜会にヴィルドレット様と共に参列している。


 フェリクス王子の新しい婚約者といえば今巷を賑わせている聖女アリス。

 そして、元婚約者はあの悲劇の侯爵令嬢シンシア様……。


 その非道な顛末を初めて聞いた時、シンシア様とは面識の無い赤の他人の私でさえひどく憤りを感じた。そして今やシンシア様は私にとって親戚に当たる御方。面識無しには変わりないけれど、他人事では無くなり、前にも増して怒りが込み上げてくる。

 フェリクス王子と聖女アリス……一体どんなクソ野郎共なのだろうか。




 下級貴族だった私は、王家主催の夜会に出るのは今回が初めてだ。 というか、そもそも私が知らないだけで、もしかしたら下級貴族でも参加できる王家主催はあったのかもしれない。なにせ私はヴィルドレット様が出る夜会にしか興味が無かったからその辺の社交事情には昔から疎い。


 ともあれ、まさか私がヴィルドレット様の隣りで、しかも妻としてこんな社交の場に参加できる日がくるなんて夢にも思わなかった。


「わぁ〜。 それにしても煌びやかですねぇ」


 王家主催の夜会ともなれば、もちろんそこは豪華絢爛な会場だ。


 出入口から一直線に赤い絨毯が敷かれ、白を基調とした内装の中に金色の細工が所々に施されている。


 パーティー形式は立食で、豪華な料理が赤い絨毯の両脇に沿って並んでいる。

 参列者達も一目で高位の貴族だとわかるような気品を漂わせ、さすがは王家主催と感嘆の念を持ちつつも私は辺りをキョロキョロと見回す。


「この場にいるほとんどは王家と直接関わりのある、いわば上級貴族ばかりだ。 そんな顔で落ち着き無くしてると、連中に舐められるぞ?」


 ヴィルドレット様が笑顔混じりの困ったような表情で私に言う。


「そんな事言われましてもぉ〜……」


 ほんの数日前まで貧乏貴族だった私に急に高位貴族らしい佇まいを求められても困る。


 心はまだまだ貧乏貴族の私が見回す中で一番気になるはやはり料理だ。

 飛びつきたい衝動をなんとか抑え、並ぶ料理を視線で辿っていると、


 ――ぷりん、発見!!


 掻き立てられた食欲はぷりんに集中――そして、爆発。


 私はヴィルドレット様の傍から離れ、ふらふらと吸い寄せられるようにぷりんのもとへ歩み寄る……


「おい! バカ!まだ主役も登場していないのに料理に飛びつくな!乾杯まで待て」


 ぷりんへ手を伸ばそうとしたら、着ているドレスの背中ところをやや強めに引っ張られた。


「ぐぬぬ……」


 クソ野郎共め……早く出て来て、さっさと乾杯しろ!!と、そんな事を思っていると、


「「「――――!!」」」


 参列者達の視線が同じ方向を向いた。


「――やぁ、みんな。待たせてしまって済まなかったね」

「わたくし達の為に集まって頂きましたのに、遅くなってごめんなさい」


 おそらく、王子と聖女だろう。


 場所的に後ろの方に陣取っていた私には王子と聖女の姿は他の参列者達に隠れて見えない。

 それでも聞こえてくる2人の声は如何にもな、お貴族様口調で、特に聖女と思しき声は無駄に清らかな感じがして、掠れ声の私にとってはそれが癇に障る。 


「今日は僕達2人の為に集まってくれて――」


 バカ王子のスピーチには全く興味無し。でも、王子と聖女の容貌には興味ある。

 私は「早く乾杯しろ」と小さく毒付きながら、またしてもヴィルドレット様の傍を離れ、目の前の人混みを掻き分け、ようやく2人を視界に入れる。


「――見てくれ、みんな! 僕の新しいフィアンセのアリスだ!」


 今まさに、水色髪を後ろで束ねたフェリクス王子と思しき麗人が隣りの美女を右手で指し示した。


 背中まで伸ばした美しい金髪と白磁肌に纏う白装束が、白と金の神々しいまでのコントラストを演出している。

 容貌は可愛いと綺麗が共存していて……いや、まどろこしい言い回しは抜きして、只々美しいの一言に尽きる。 さすがは『聖女』といったところか。 でも――


「――っ!!」


 そんな麗しい容姿に感嘆の念を抱くのよりも先に、何故か背筋をぞわりとした悪寒が走った。


 怒り、憎しみ、嫌悪感、そして恐怖心――


 これらはシンシア様を死に追いやった事からくる感情では無い。もっと身近で、もっと濃い感情だ。何故かは分からない。


「おい、ハンナ! いくら初めての王家主催とはいえ、はしゃぎ過ぎだ! 俺の傍を離れるな!」


 またしても後ろからヴィルドレット様に引っ張られる。


「あ、すいません」


 少し焦る表情のヴィルドレット様に対して私は平然とした顔で取り敢えず謝る。 平謝りとはまさにこの事だろう。


「まったく、油断も隙も無いなお前は」


 そう言ってヴィルドレット様は困った様な笑みを浮かべたその時、


「――っ!?」


 聖女がジロリとこちらを睨んだ。


 恐い。 感想はただそれだけ。 人を殺める事に対して何の躊躇ないような、そんな悍ましい視線だ。


 私はすぐにその視線を外した。


 何? なんなの、この感じ……ただただ恐しい。


 噂通り、シンシア様の処刑までを裏で糸を引いていたのは間違い無く聖女アリスだという事を肌感覚で確信する。この女にシンシア様は殺された。


 



 王子のスピーチがようやく終わり、飲食が解禁になった。


 バイキング形式の料理を前にあれこれと私は欲求のままに料理を皿に盛り付けていく。


「おい。 そんなに食べれるのか?」


 私が手にする料理を見ながら傍でヴィルドレットが心配そうに聞いてくる。


「大丈夫です。 お腹、空かせてきたので」


 そう言いながらも、トングでスペアリブを取って手にした皿に盛る。移動するスペアリブと共にヴィルドレット様の視線も移動する。


「…………」


「こんな豪華で美味そうな料理、いっぱい食べなきゃ損ですよ」


 更に今度はローストビーフを取って皿に盛る。ヴィルドレット様の視線もそれに沿う。


「……そうか」


「そうですよ」


 エドワード家独自の思想観念によるものだが、エドワード家で出される料理は美味しいが豪奢さに欠ける。

 王家主催のパーティーなら豪華な食事にありつけると思って昼食を敢えて抜いて来たのだ。


 ヴィルドレット様とそんなやり取りをしていると背後から清らかな美声が掛かった。


「ごきげんよう。ハンナさん。そして、ご結婚おめでとう」


「――っ!!」


 同時に戦慄が走る。聖女アリスの声だ。


 ――何故聖女アリスが私の名前を?


 振り返るとそこには聖女アリスとフェリクス王子が並んで立っていた。


「えぇ。 ありがとうございます。聖女様もフェリクス殿下とのご婚約おめでとうございます」


 私が作り笑いを浮かべるのに対し、聖女アリスは美しい微笑みを私へ向けている。


「あら、良い笑顔」


 そう言うと、聖女アリスは視線の方向をヴィルドレット様へと向け、哀しみに表情を歪めた。


「……お気の毒に、ヴィルドレット様ともあろう御方がこんな子供みたいな小娘と政略結婚させられるなんて……しかも、相手はたかが男爵令嬢。エドワード公爵家はスカーレット男爵家から何か弱みでも握られたのですか? ならば聖女のわたくしがその憂いを取り除いて差し上げますが?」


 は? 今、何て言ったの?この人。


 唐突に始まった私と私の実家に対する侮辱発言に一瞬呆気に取られるが、すぐに反撃体制に気持ちを切り替える。


「……20歳です。」


 私がボソリと言う。


「は?」


 聖女がジロリとこちらを睨む。


「だから、もうすぐで20歳になるって言ってるんです。子供じゃありません。 私は成人してます」


 今度は背けずにキッと睨み返す。


「ふーん。そうなんだ。どちらにしろあんたが幾つだろうが、ヴィルドレット様のような御方にあんたみたいなチビが相応しいわけがないでしょ? もしかしてあんた自覚ないの? あんたの隣りに立つヴィルドレット様がどんな思いでいるのかを考えた事ある?」


 聖女らしい先程の凛とした清らかな表情は何処へやら。嫉妬に駆られたような表情を醜く歪めた顔で聖女アリスは私の事を蔑んだような目で見下ろす。


 私は聖女アリスの言う事に反論余地を見出せない。


「…………」


 何故ならヴィルドレット様の口から実際に「愛してる」とはまだ聞いていなかいからだ。


 ヴィルドレット様は無理して私の事を愛そうとしているのではないか?

 その懸念が脳裏をよぎる。


 聖女アリスは表情を綻ばせ、再び視線をヴィルドレット様へ向ける。

 そしてこんな事を言い出した。


「やはり、剣聖に相応しいのは聖女であるこのわたくしなのでは?」


「な、何を言い出す!?アリス! 君にはこの僕がいるだろ!?」


 聖女アリスのヴィルドレット様への求愛とも取れる発言に、それまで困った様な顔で沈黙を守っていたフェリクス王子が口を挟む。


 しかし、フェリクス王子の言葉はこの場では蚊帳の外とばかりにスルーされ、代わりにヴィルドレット様が重い口を開く。


「言いたい事はそれだけか? アリス」


 その声音は低く、殺気とも取れる程に強い怒りを含んでいる。


 もしかして、私の為に怒ってくれてる? いや、違うか。きっと、この怒りはシンシア様の一件からきてるよね。


「ま、まさか本気でわたくしでは無く、その小娘を選んでいるとでも?」


 ヴィルドレット様のただならぬ様子を受けて、初めて聖女アリスが狼狽えた表情を浮かべる。


「おい!!アリス!! この僕というものがありながら――」


 ここで再びフェリクス王子が声を上げた。今度は無視されないようにと、語気を強くして。好きな人の為にと、必死さが垣間見える。

 自分の婚約者が目の前で他の男に言い寄る姿を見せつけられて居ても立っても居られないのは当たり前だ。気持ちもわかる。初めてフェリクス王子に同情の念を抱く。


「冗談ですわ。フェリクス様。わたくしがもし、他の男に靡いた時にフェリクス様がどんな反応を見せるか試したんです」


 聖女アリスはようやくフェリクス王子の声に応えた。凛とした清らかな元の聖女スマイルに戻して。


「僕の君に対する愛を確かめたというわけか?」


「その通りですわ」


 違う。ヴィルドレット様に脈が無いと判断して元の鞘に戻っただけだ。

 もしもヴィルドレット様が聖女アリスの求愛を受け入れたならば、聖女アリスは躊躇なくフェリクス王子からヴィルドレット様へ乗り換えた事だろう。 でも、


「僕の愛しのアリス。何て可愛い奴なんだ君は! 君への愛が偽りなわけがないだろ? さぁ、行こう」


「はい。フェリクス様。 それでは、ご機嫌よう」


 フェリクス王子は想像以上にバカ王子だったようだ。


 仲をとりなした聖女アリスとフェリクス王子は立ち去って行った。

 去り際、聖女アリスは私の耳元で「あなたのその場所はわたくしのものだから」と言い残して。


 そういえばフェリクス王子は最近王太子になって王位継承権を持ったらしい。こんな頭の弱い人間が次期王なのだからこの国の未来は暗いと思う。まぁ、今の王もダメダメだけれど。


 それにしても、まさか聖女までもヴィルドレット様に想いを寄せていたとはね……。つくづくヴィルドレット様の人気の高さを思い知る。


 でも、もし、聖女アリスがシンシア様の仇でなかったら? ヴィルドレット様は聖女アリスからの求愛を受けていたのだろうか……?

この物語は1月14日(土)に完結します。

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